筆者の試算では、基礎控除等を103万円から178万円に引き上げた場合でも、税率20%を適用する所得の下限を現行の330万円から230万円に、23%の適用下限を695万円から300万円に、33%の適用下限を900万円から796万円に引き下げれば、減税幅は給与所得500万円まではほとんど変わらないが、700万円で22万円強から約10万円に縮まり、1200万円では30万円強がゼロとなる(図表4)。

【図表4】累進税率カーブを修正した場合の所得税・住民税額

「手取りを増やす」だけで終わらせてはいけない

そのほか、社会保険制度については、そもそも「130万円の壁」の内側にいる配偶者に基礎年金の受給権を与える「3号被保険者制度」を廃止すれば良いのではないか、との指摘も少なくない。

ただ、限られた範囲で働く非正規雇用を選んだ理由の上位には、自由な時間に働けることや、家計の補助や学費を得ること、育児や介護など家庭の事情との両立、などが並んでおり、フルタイムで働く必要がないか、何らかの事情でフルタイムでは働けない人が多くを占めている。

そのため、社会保険料負担を負ってまで労働時間を増やそうとする人が多いとは思えず、少なくとも労働力捻出の観点では有効ではないだろう。

結局のところ、「103万円の壁」見直しの目的が、ただ手取りを増やすだけなのか、それによってデフレからの完全脱却に向けた個人消費の安定的な拡大を目指すのか、経済成長を制約する人手不足の解消につなげたいのか明確でないことに、議論が錯綜している原因があるのではないか。

人手不足緩和で成長余地を生み出し、社会保険を安心できる制度に

財源を気にせず、選挙の票を買うかの如く国民から集めた金をばら撒くだけであれば、本質的には政治資金の問題とさほど違いはない。

一方で、「年収の壁」へ注目を集めたことは、いよいよ女性と高齢者頼みの労働力捻出に限界が近づくなかで、新たな人手不足対策の切り口を提供し、その根底にある社会保険制度の抱える問題にまで焦点を当てるという成果につながったように思う。

なかでも、社会保険の加入を拒み、労働時間を制限する動きからは、社会保険制度に対する強い不信感が感じられる。いわゆる「3号被保険者」が社会保険に加入するメリットは、将来受け取る年金額が増加することのほか、厚生労働省のパンフレットには傷病手当金の支給や、雇用保険に加入すれば失業給付や育児休業給付も受けられると書かれている。

ただ、現実には、それらのメリットは保険料負担に見合わないと評価されている。社会保障制度に対する信頼回復のため、制度間の重複機能や世代間の負担と給付のバランス格差、保険料の未収問題など、公平性や持続可能性を低下させる問題の解決が急務であろう。

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