その場合、人手不足がどの程度緩和されるのか。当社が労働投入量と実質GDP成長率の関係を単純に計測した結果によると、成長率1%に見合う労働投入量の増加は0.59%であった。
当社は2025年度から2026年度にかけて年1%程度の経済成長を見込んでいるが、これに基づけば2年強の成長を賄う程度の労働力が捻出できることになる。これは、人手不足が経済成長の制約要因になりつつある日本経済にとって、持続的な成長のため極めて有効であることは間違いない。
ただ、これを実現するためには、税に関する「年収103万円の壁」の見直しだけでは不十分である。労働時間が週20時間を超えれば社会保険料の支払いが発生するため、社会保険に加入するメリットを強く感じない限り、労働時間は増えない。
大幅な税収減をどう補うのか
そのほか、問題点が幾つか指摘されている。筆頭に挙がるのは、所得税・住民税の大幅減収である。
国民民主党が掲げる基礎控除等の178万円への引き上げによる税収減は、政府の試算によると7.6兆円にも上る。政府の債務がGDPの2倍を超え先進国で最悪の財政状況にあるだけでなく、防衛費倍増や異次元の少子化対策実施のための財源確保が必要な点も考慮すると、このような大幅な税収減は容易には受け入れられない。
「年収の壁」見直しの主目的が手取り額の増加であるなら、その対象を、相対的に所得水準の低い世帯に絞ることで、税収の落ち込み幅を縮小すべきであろう。円安や資源高による食料品やエネルギーの価格の上昇は、全ての世帯に悪影響を及ぼしてはいるが、こうした生活必需的な品目の価格上昇による影響は、これらの支出の割合が高い低所得者層ほど大きい。
総務省「家計調査」によると、昨年から今年にかけて、ほとんどの所得階層で食費は増加したが、その増加額は所得階層による明確な違いは見られない(図表3)。
一方で、消費支出全体に占める食費の割合を示すエンゲル係数は、年収200万円未満の世帯では34%程度であるが、年収450万~500万円では29%程度、900万~1000万円では26~27%であり、所得が高いほど食費の負担は小さい。そのため、食料品価格の上昇による悪影響は、所得の低い層ほど大きい。
所得税率をセットで見直せば「財源問題」は解決できる
「年収の壁」見直しのための財政負担を抑える方策として、178万円までとしている基礎控除等の引き上げ幅を縮小する案が有力視されているが、それだけでは高所得者の減税額が相対的に大きい状況は変わらない。そのため、所得税の累進税率構造を修正することで、高所得者層の減税幅を縮小することも検討すべきであろう。