藤原伊周の嫡男・道雅との密通騒ぎ
また三条天皇も、長和3年(1014)の伊勢への群行に際しての、天皇と斎王の別れの儀式で、本来「別れの御櫛」と呼ばれる斎王の額に黄楊の櫛を挿す儀礼の後はお互いに振り返らない慣習にもかかわらず「振り返らせたまへり(『大鏡』)」――天皇が振り返ったとも、斎王を振り返らせたとも取れる――とあり、娘を可愛いがっていたことは間違いない。
しかし、実際には異母妹禎子に比べてこの待遇、機嫌も悪くなろうというものだ。しかも三条天皇はわずか4年余りで退位、当子の伊勢滞在はわずか1年半足らずで終わってしまい、おまけに彼女はまだ無品のままだった。
そして彼女は帰京後、すでに述べたように、長和5年に、藤原伊周の嫡男の道雅との密通騒ぎを起こす。前章の上東門院女房殺人事件の七年前のことである。
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