夢はないし輝かなくていい

友達にはこの20年、「母親になんてなるんじゃなかった」と何度も言ってきました。今まで母になってよかったと思ったことはありません。自分の人生は今、たんぽぽの綿毛が半分取れた状態みたいなイメージなんです。残りを飛ばしたらあとはしおれるだけという感じなんですけれど、それでいいと最近は思っています。一生懸命やったなって思うんです。生まれ変わったら母になる人生を選ぶかと聞かれても、私の人生はこれ一度きりなんですね。だからこそ後悔する。ずっと後悔を抱えて生きると思います。

ときどきね、「あなたの夢は何?」って今さら聞かれることがあるんですけれど、夢って持たなきゃまずいでしょうか。「何が好きなの?」とも言われますけれど、何が好きか考えることもできなかった。もう夢はないし、輝かなくていいと思うんです。自分にできる仕事があればするし、子どもだけではなくて私の存在を求めてくれている人もいるから、生きられるあいだはとりあえず生きていこう、それくらいの気持ちです。

高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)
高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)

長男の子育てが落ち着き、40代で就職活動をしたときは面接官に、「15年間、育児しかしていなかったんですか。周囲の助けを借りられなかったのはあなたのマネージメント能力不足ですよね」と言われたことがあったという。

15年間、周囲になじむのが難しい子どもが居場所を見つけられるようにひとり奔走し、キャリアも自分自身の喜びも後回しにしてきたのは、個人の能力が足りないせいだったのだろうか。「代わりはいない」と、子どものすべてを押しつけ、手に負えないほどの負担と犠牲を母の美保さんだけにいてきたのは、誰だったか。

「母親をやめた」という美保さんの宣言は、母親に過剰な責任を押しつけながら、それに無自覚な社会に対する小さな抵抗でもあった。

母親ももっと気軽に後悔していい

2022年12月、美保さんへのインタビューを番組で放送した。「母親をやめてファンになる」という言葉には、放送後すぐ子育て中の母たちから大きな反響が集まった。

翌年の春、美保さんからメールを受け取った。発達障害の人たちを支援する会社で秘書の職を得て、派遣社員として働くようになったという連絡だった。好んでやってきたわけではなかったものの、長年子どもたちのサポート役に徹してきたことで秘書の業務はやりやすいと感じているという。

今はそれなりに楽しく過ごしています。だからといって、社会への怒りみたいなものが消えることはありません。私自身のなかでは、無責任にも「母親やめた」って思うことで気持ちは楽になりましたが、そういうことを思ったからといって、本当に解放されているわけではないと思います。

お母さんたちはもっと気軽に後悔していいと思います。後悔のない人生を生きる人なんかいないですよね。母親になったという部分だけ後悔しちゃいけないということはないと思うので、たくさん後悔して、嫌なことは嫌だと言って、そこから何ができるか、考えられるようになればいいと思います。

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