「維新=ポピュリズム」という理解は間違っている

もう一つ、政治学の知見を参照にしておこう。大阪の有権者の政治心理を分析した『維新支持の分析 ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣)の著者である関西学院大教授・善教ぜんきょう将大によれば、維新が大阪で与党になった理由を「ポピュリズム政治の帰結」とみなす主張には、実証的な根拠がほとんどない。

橋下がポピュリスト的な手法を使い、それにならうかのように維新の政治家が同じような方法を使うことはあるが、それだけで支持を得られるならば、都構想は容易に実現できた。だが、実証的な視点から見れば橋下の支持率は彼がメディアをひんぱんに賑わせたわりには、さほど高くはなかった。端的に言えば、政治家のメディア露出と支持率はまったく連動しない。

逆に実証的なデータから見えるのは、以下のような実態だ。これだけ長く大阪の与党でありながら、維新を強く支持する層は全体のわずか5%~10%程度に収まり、逆に強い不支持層は30%前後存在している。残りの約6割には「ゆるい支持層」と、ほぼ同じ割合の「維新を拒否はしないが支持もしない層」が入り交じっている。この6割のゆるい支持、ゆるい不支持は、時々の状況で入れ替わる。

要するに維新支持層は決して強固ではなく、むしろ岩盤とも言える反対層を抱えている。メディアの影響によって強い支持者が作り出されているわけでもないということだ。

「大阪のための政治」が支持されている

では、なぜ議会や首長選で勝利を収めてきたのか。それは維新が府市の一体性を強調することで「大阪」という都市の利益を代表する政党とみなされてきたからだ、というのが善教の分析から導き出せる視座である。

大阪の歴史を振り返ってみよう。自民党をみると、同じ政党でありながら、大阪府議団と大阪市議団では、まったく別の政党のように振る舞うことが多々あった。かつて代表を務めた松井一郎、参院議員の浅田圴といった維新のオリジナルメンバーは2010年前後、自民党の大阪府議団反主流派だったことはよく知られている事実だ。

彼らが反発したのは、重大な政策でも府市の利害調整がないと進まないということにあった。府と政令市で協調が必要な場面でも、別々の利害に基づく意思決定が繰り返されてきた。それを「地方自治」の一つの在り方として許容するか、「大阪という都市の利益」を損なう政党の行動と見なすか。それはまさに見方による。

夜の大阪・道頓堀
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです

大阪の自民や反維新を掲げる勢力は前者を選択し、維新は後者に重きを置いた。そして有権者は両者を比較した上で「大阪の利益代表」として、府市一体を主張する維新を今のところ支持しているようだが、決して無条件に賛同しているわけではない。

二度にわたって住民投票までこぎつけた大阪都構想が否決され、直近では箕面市長選でも現職2期目という現職が圧倒的優位な選挙であっても落とした。説得的ではないのなら、大阪の有権者は容易に維新にNOを突きつける証左だ。