「大学生の時に大きくて長く残るものを作りたいとか言ってたけど、作らなくてもここにあったんです(笑)。いいものなんだから途絶えさせてはいけないし残したい、もっと広げていきたいって。この地域で育まれてきた『歴史』こそが、一朝一夕には真似できない一番の差別化であり、ブランドなんです。歴史がつながり『文化』ができていく。みんな飛び道具を求めてしまうけど、自分が今いる環境をちゃんと見るべきなんです。今あるものを見つめて発掘して、その魅力を伝えていきたいですね」

「佐賀のお豆腐文化を全国へ」と掲げた平川さんは、老舗旅館とコラボしたポップアップ店舗の出店や、宿泊しながら佐賀の豆腐文化を楽しむオーベルジュやリゾートの構想へと、活動の幅を広げていく。

蒔いた種が、ようやく芽吹く

取材の日、平日の昼時にもかかわらず佐嘉平川屋嬉野店の駐車場には、熊本、長崎、福岡と他県ナンバーの車が入れ代わり立ち代わりで入ってきた。店内には、席を待つ客が並んでいる。海外からの家族連れの姿も見られる。

食事を終えたお客さん4組に「この店をどうやって知ったのか」と尋ねてみた。埼玉から熊本に帰省中という若い女性ふたりは「YouTubeやTikTok」で知ったという。他にも長崎から3世代で訪れた家族、長崎からの女性ふたり、福岡から来た男女も、「YouTubeやインスタグラム」と答えた。

これには、理由がある。2022年、長崎出身タレントの仲里依紗さんが自身のYouTubeで「平川屋パフェ」を紹介したことを皮切りに、お客さんが押し寄せるようになった。「彼女の登場により完全にギアが切り替わりました」と平川さんは、笑みを浮かべる。

しかし、あまりのお客さんの多さに現場が悲鳴を上げた。お客さんの数を減らそうと仕方なく値上げに踏み切った。その背景には、売り上げが伸びるたびに工場や店舗に負担を強いて、ひとが辞めていった苦い体験があった。

「店がなくなってもどうにかなるけど、ひとがいなくなったら豆腐が作れない」

平川屋パフェを520円から980円に、温泉湯豆腐定食を平日1250円から常時2000円に2段階で大幅に値上げした。それでもお客さんは増え続けた。多い時では3時間待ちの行列ができる。2024年7月期、嬉野店の売り上げは初年度のおよそ9倍になった。

平川さん
筆者撮影
値上げしても客は途切れなかった。想定外の出来事だった

値上げで賃上げ、設備投資

大きく売り上げが伸びたタイミングで平川さんは、以前から頭を悩ませてきた人手不足対策に着手する。値上げで生み出した原資をスタッフの待遇改善に充てた。2023年4月には、給与の見直しを行い、時給と基本給を平均10%以上引き上げた。

豆腐店特有の朝が早い、寒い、暑いといった労働環境の改善を設備投資により進めている。人事制度やビジョンも整備していくことで、働くひとにも選んでもらえる「持続可能な豆腐屋を作りたい」と語る。

入社時、十数人だったスタッフも今では、本社だけで40人。店舗を合わせると約80人の大所帯となった。「今はひとが多すぎるくらいなんです」と、笑みがこぼれる。

「絶対失敗する」と言われつつオープンした嬉野店は、いまや通販への波及効果やメディアのフックとしても大きな影響力を持つ。2024年7月期、すべての売り上げに占める通販と店舗を合わせたBtoC事業の割合は、目標としていた5割近くまできた。

かつて、取引を打ち切られることを恐れ、スーパーの棚卸しや掃除に駆り出された日々があった。大豆の値段が不作で4倍に値上がりしようとも、数円の値上げを切り出すことさえできなかった。スーパーの顔色をうかがっては、自ら値を下げ廃業していく豆腐店も見てきた。