警戒した声色です。
私たちが身分を説明すると、
「口頭ではなく、実際の身分証を見せてください」
狭く開いたドアの隙間から身分証を差し込みます。
私たちの身分証を手にして、彼は奥へと入っていきました。それから、
「どうぞ」
と言って、出迎えてくれ、中に入ることを許可してくれました。
室内の壁際には一斗缶、窓にはアルミホイル
室内は光が差し込まない薄暗い空間が広がっていました。窓はアルミホイルで目張りされていて、壁沿いにはやはり一斗缶が並べられています。
たしかに物が多いのですが、これまでに紹介してきた知的発達症・認知症に由来するゴミ屋敷とは違って、腐った食品などはない様子です。
私たちは奥の間に通されたましたが、そこも窓にはアルミホイルが張られています。保健師さんが男性に訊ねます。
「このアルミホイルには、なんの意味があるんですか?」
「電磁波が入ってくるんでね、防いでいるんですよ。耳に当てて使うとスマホも危ないですよ。電磁波で脳が溶けますからね。スマホに搭載されているカメラは、虹彩から情報を抜き取ることができるから危ないですよ」
「分厚い冷蔵庫で電磁波から身を守っている」
彼は淡々と、まさに現実で起きている出来事のように話すのでした。
配線が切断されたインターフォンも、彼なりの意図があってのことなのでしょうか。
それから彼は、やや饒舌になって、次のようなことを話しました。
自分は大学院で量子力学を学んでいたが、そのときに人類の存亡に関わるような重大な発見をして、教授に報告した。が、その教授は報告をもみ消して、自分は「この世界の秩序に触れた」のが理由で退学処分となった。冷蔵庫などの分厚い鉄製の素材は電磁波を通さない。さらに、より安価で代用可能なのは一斗缶で、これらを用いて自分で身を守っている……。
保健師さんが「誰から身を守っているんですか?」と聞くと、彼は硬い表情を動かさないまま口元だけで笑って、人差し指で上を示しながら答えました。
「奴らです」