離婚に向けて話し合い中だった妻が、ある日突然、子どもを連れて実家に帰ったとしよう。もしこのまま離婚裁判に突入すれば、わが子の顔を当分見られなくなると覚悟しておいたほうがいい。日本の離婚裁判では、子どもを連れ去った側に親権が認められやすいからだ。
海外では離婚後も共同親権を認めている国が多い。日本も婚姻中は共同親権だが、夫婦が離婚すると単独親権となる(民法819条)。どちらが親権を持つのか、まずは協議によって決めるが、決着がつかなければ、家庭裁判所で調停・審判・裁判へ進んでいく。
親権者は、「母性優先の原則」(乳幼児ほど母親を優先)、「子の意思尊重の原則」(子が15歳以上の場合は法廷で陳述)などのいくつかの原則に沿って親権者を決める。なかでも裁判所が重視しているのは「監護(子の管理・保護)継続性の原則」だ。
裁判所は、子の健全な成長のためには監護環境を変えないほうがいいと考えている。そのため親権争いが裁判所に持ち込まれると、裁判所はそのとき子を監護している親を親権者に指定する傾向がある。子を連れ去さったほうが親権争いで有利なのも、この原則があるからだ。
離婚裁判でよく争点になるDVも、監護継続性の実績づくりに利用される場合がある。親子の面会交流を実現する全国ネットワーク「親子ネット」代表で、現在離婚訴訟中の神部氏は、自らの経験をこう語る。
「DVで子どもと一緒に逃げざるをえなかったと妻は主張していますが、診断書1つ出してこないことからわかるように、そのような事実はありません。それでも妻がDVを主張するのは、時間稼ぎのため。DVはなかったという証拠を集めて提出しているうちに、妻のほうに監護の実績が積み上がっていきます。これではDVの疑いを晴らすことができても、結局、子どもは取り返せなくなります」
実際にDVがあったかどうかとは関係なく、相手がDVを主張するだけで、親権の面では不利になるのだ。
監護の継続性が決め手になるなら、親権者が決まる前に子を連れ戻して、監護の実績を積み直せばいいと考える親もいるだろう。しかし、それは危険だ。母親が2歳になる子を連れて実家に戻り離婚訴訟を起こしたが、保育園のお迎え中に父親が現れて子を車で連れ去った事案では、最高裁は未成年者略取罪が成立するという判断を下した(最高裁平成17年12月6日)。自分の子でも、現監護者の同意なく連れ戻せば犯罪になる恐れがある。
それなら最初に子を連れ去った行為も犯罪になりそうだが、別居に際して子を連れ去る行為は、連れ去りとは類型的に異なる行為とされている。まさに最初に連れ去った者勝ちだ。
ただ、だからといって後先考えずにまず連れ去ればいいというものではない。子を連れて引っ越せば、学校や友人関係など子を取り巻く環境は大きく変わる。急激な変化によって被る負担を考えると、おいそれと連れ去ることはできない。
かつて大岡越前は、「自分こそ親」と主張する2人の女性に子どもの手を強く引っ張らせて、手を離したほうを親として認めた。本当の親なら、わが子が強引に引っ張られて痛がる姿に耐え切れないからだ。ところが、いまの単独親権制度は、子を強引に引っ張った親ほど親権を得やすい仕組みになっている。
現状の仕組みをどう変えればいいのか。自らも子を連れ去られた経験を持つ親子ネットの平田氏は、次のように語る。
「共同親権が認められれば理想的ですが、法務省は腰が重い。せめて面会交流に寛容な親に親権を与える仕組みになれば、親権争いに負けても子どもに会いやすくなるのですが……」
司法だけでなく立法も、子を連れ去られた親の悲痛な声に耳をかたむけるべきだろう。