認知症やがん、精神疾患にも効果が

便移植は将来的に、がん、糖尿病、精神疾患など、免疫が暴走することによって起こるさまざまな疾患も治せるであろうと期待が高まっています。

アルツハイマー型認知症なども初期の段階なら治せる可能性がありますし、もちろん予防にもなるでしょう。実際マウスでの実験ではありますが、老いたマウスに若いマウスの腸内細菌を移植すると、老いたマウスの認知機能が改善することもわかりました。脳の中で記憶を司っている部位「海馬」の神経系免疫である、ミクログリアなどの状態が、若いマウスのそれに近づいていたというのです。

そう考えると、体内で進む「見えない老化」を止めるだけでなく、人間の脳における若返りも十分期待できるのではないでしょうか。

ほかにスーパーアスリートになれる腸内細菌、というのも存在します。

2019年に行われたハーバード大学医学部のジョージ・チャーチ教授らによる研究で、マラソンランナーの腸内には持久力を高める作用のある菌がいることがわかりました。それが、ヴェイヨネラ(Veillonella)属という種類の腸内細菌です。この腸内細菌をマウスの腸に移植したところ、移植していないマウスに比べトレッドミル運動において平均で13%長く走り続けたというのです。

腸内細菌のイメージ
画像=iStock.com/Marcin Klapczynski
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「ヴェイヨネラ属」のすごい力

そのしくみは、まだはっきりとはわかっていませんが、ヴェイヨネラ属の腸内細菌が生み出す、プロピオン酸という短鎖脂肪酸が鍵を握っているのではないかと予測されています。というのも、プロピオン酸をマウスの腸に投与したところマウスの持久力が上がったからです。

長時間、強度が高めの運動をすると私たちの筋肉には乳酸が溜まり、それは血液中にも流れて腸管上皮細胞から腸管内にも届きます。ヴェイヨネラ属は、ほぼ乳酸だけをエサにしてプロピオン酸を生み出す菌です。同じく短鎖脂肪酸である酢酸も生み出していますが、持久力に関係するのはプロピオン酸と考えられます。

こうしたメカニズムで乳酸がプロピオン酸に変換されることで、私たちの持久力も上がっているのではないかと考えられるのです。

また、ヴェイヨネラ属の腸内細菌には炎症性サイトカインを抑えるはたらきもあることがわかりました。こうした影響も相まって、よりパフォーマンスが上がっているのかもしれません。