国内最長レベルの試験にもう一度挑めるか
さすがにこの時は、自分の行動を後悔しました。自分でも手応えがあって「受かった」と確信していただけに、上野の藝大キャンパスの合格発表掲示板に受験番号が無かった時のショックは、1度目とは比べ物になりませんでした。相当なツラさでした。
普段の勉強も、もちろん大変なのですが、作曲科の2次試験がとにかく、ほかに類を見ないキツさなのです。それを最低でももう一度、乗り越えないといけないというのは、考えただけでも苦痛でした。
4日間という長丁場もそうですし、試験ひとつひとつも長くて険しい。2次試験の1日目“和声”は6時間、2日目の“対位法”は5時間、そして一番苦しい3日目の“自由作曲”はなんと8時間。日本の大学入試の中では最長の試験時間かもしれません。
逆に声楽科は、一番大事な歌唱の実技試験が数分間で終わります。これはこれでその数分、たったワンフレーズですべてが決まってしまう逆の怖さはありますが、とにかく作曲科は体力と気力、そして強ストレス下の消耗戦になります。3度目に挑む気持ちにはなかなかなれません。
心が折れ、不登校時代の生活に逆戻り
あまりの私の落胆ぶりに、レッスンしてくれた先生や両親も、どう声をかけていいかわからないくらいだったようです。私自身、現役時代から3年間付き合ってくれた先生方に顔向けができないという気持ちでした。
私は本当に傷ついて、心がバッキバキに折れてしまいました。まったく何も、やる気が起きなくなってしまったのです。
「疲れてしまったので、しばらくレッスンを休止させてください」
作曲の先生にそう宣言して、本当に、完全に、勉強もレッスンもやめてしまいました。
3月から半年間、ボケーッと部屋でゴロゴロしながら、ネットサーフィンをしたりゲームをしてみたり。電車に乗って近くの海を眺めに行ったり、ただただ意味もなく往復4時間かけて地元から2つ先の駅まで歩いてみたり……。まるで不登校だった頃に戻ったような生活でした。