漢字のなかには、もともとの意味が大きく変化したものがある。立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所の客員研究員・落合淳思さんは「古代中国の生活は漢字の成り立ちを解くことで見えてくる。たとえば、『金』という漢字は時代ごとの最も貴重な金属を表しており、もともとは現在の『銅』の意味で使われていた」という――。

※本稿は、落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)の一部を再編集したものです。
※記事の中の番号①②は、表の中の古代字に対応しています。

甲骨文字
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「崩」は山崩れが本来の意味

「山」は連なった山の象形で、それによって「やま」の意味を表している。部首としては、山や山地に関係して使われ、「嶺」や「峰」などの形声文字(*1)がある(それぞれりょうほうが声符)。

【図表1】「山」は連なった山の象形によって表されていた
「山」は連なった山の象形によって表されていた(出所=『部首の誕生

また「岡」は、字形中で大きく表示された「网」が意符に見えるが、実際は山を意符、もうを声符とする形声文字である。

そのほか、「げん[嚴]」を声符とする「巌[巖]」は「山にある石」、つまり「いわ」を表しており、会意文字として「岩」も作られている。また「島」は「鳥」の省声であるが、「渡り鳥がとまる海中の山」の意味もある亦声である。異体字として、省声ではない「嶋」や「嶌」も使われている。

意味が変化した文字も多く、例えば「ほう」を声符とする「崩」は、「山崩れ」が原義であるが、一般に「くずれる」として使用される。「峡[峽]」は、原義としては「山に挟まれた土地(峡谷など)」であるが、現在では「海峡」として使われることが多い。なお、声符の「きょう」は「挟[挾]」の当初の形であり、亦声にあたる。

(注)
(*1)
形声文字とは、大まかな意味を表す部分と発音を表す部分を組み合わせた文字である。大まかな意味を表す部分は「意符いふ」、あるいは「義符ぎふ」と呼ばれ、発音を表す部分は「声符せいふ」、あるいは「音符おんぷ」と呼ばれる。なお、意符が部首となることが多い。形声文字については、発音を表す声符が意味の表示も兼ねる場合があり、こうした現象は「亦声えきせい」と呼ばれる。また、声符が略体になることもあり、この現象を「省声しょうせい」と呼ぶ。

「岐」は枝分かれした山が起源

「崇」は「高い山」を表すが、これも一般化して「たかい(崇高など)」の意味になり、さらに「たっとぶ(崇拝など)」の意味になった。声符の「そう」は祖先を祀る宗廟を表すので、「たっとぶ」の意味では亦声に該当する。

「密」は「木々の茂った山の奥深く」を意味するが、転じて「あつまる(密集など)」や「ひそか(密談など)」として使用される。「崎」は本来は「山の険しいこと」を意味していたが、そこから「川岸」の意味になり、さらに日本では「みさき」の意味で使用されている。「岬」も同様に、「山の間」が原義だが、日本では「みさき」として使われる(それぞれびつこうが声符の形声文字)。

「岐」は岐山という山の名が起源であり、周王朝の創業の地である。日本の地名の「岐阜」はここからとられている。また、岐山は二つの峰に分かれた形状であるため、そこから「分岐」の意味にもなった。声符の「」は「枝分かれ」を意味するので亦声である。

字形について、殷代の①は山脈の形であることが分かりやすい。ただ、後代には略体の②が継承されて③となり、並行してより簡略化した④も作られた。

この二系統は隷書(⑤・⑥)まで併用されたが、最終的に楷書で後者に統一されて「山」になっている。