主婦論争の延長にある「年齢本」

「自分自身の幸せの形」の発見を称揚する女性向け「年齢本」では、多様な生き方が肯定されています。結婚していようがいまいが、仕事をバリバリとこなしていようがいまいが、「自分らしく」生きているのならばそれは誰にも非難されるべきことではない、と。具体的には以下のようにも言及されています。

「40代でシングルという女性が増えています。自分の生き方として『今はひとりでいる』という選択をして、自信を持って生きている。そんな姿は、大人の女性として、とても美しく輝いて見えます。現代は、ライフスタイルも自由になりました。結婚していないからといって、女性の価値が低く見られるような時代でもありません」(浅野、97p)

「自分と違う生き方をしている女性に向かって『それは心細い』とか『さみしいに決まっている』とか『誰か家にいなくっちゃ』とかは決して言わない。本人がそれがいい、と思っているとしたら全く僭越なことだし、心ならずも、だとしたらますます言うべきことではない。それは同情という類のものでなく、大人として当然の仁義と思うからである」(中山庸子『中山庸子の30歳からの生きかた手帳』 、109p)

このような言及について、何を当たり前のことを、と思うでしょうか。しかし、このような考え方は少し前まで当たり前ではありませんでした。この点について、TOPIC-2では生涯未婚率という観点から説明を行いましたが、ここでは妙木忍さんの『女性同士の争いはなぜ起こるのか』を参照してもう少し考えてみましょう。同書は、女性のあるべき生き方をめぐってなされてきた戦後日本の論争について整理・考察する著作ですが、同書のサブタイトルに「主婦論争」とあるとおり、論争は主に主婦のあり方をめぐってなされ続けてきました。

この論争は第6次まであったとされていますが、近いものについて見ておきましょう。第4次の論争はタレントのアグネス・チャンさんが仕事場に子どもを連れて出勤したことをめぐる、いわゆる「アグネス論争」(1987-1988)。第5次論争は専業主婦が自明ではなくなった時代における専業主婦の是非を問う論争(1998-2002)。そして第6次論争は酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』(2003)に端を発する、いわゆる「負け犬」論争です(2003-2005)。

第6次論争についてもう少し解説します。この論争は、「未婚、子ナシ、30代以上の女性」としての「負け犬」(酒井、7p)と、「普通に結婚して子供を生んでいる人達」(酒井、8p)を区分するところから始まりました。妙木さんは、「負け犬」という名づけには「既婚か未婚かで女性に勝敗をつける社会への批判的な皮肉が込められており、そのような勝負からは自ら降りてしまおうという戦略がある」(207p)と述べます、自ら「負け」とまず言ってしまうことで、女性は結婚すべきだという規範を相対化し、「それでも自分の生き方や満足感は自分が判断するという立場を表明」(208p)のだ、と。

結婚するか否かも含めて自分の選択と責任の問題とする「年齢本」の基本論理は、この第6次論争において初めて大々的に主張されるようになった考え方だといえます 。専業主婦に限った場合でも、主婦としての役割を自分自身で引き受けることが重要だ――女性は当然そうだからというという他律的な考えではなく、自分が心からそうしたいと思っているのならば肯定できる――とする考え方は第5次論争になって初めて登場するものです。女性の生き方をめぐる論争と自己啓発書。これらは一見関係がなさそうに見えるのですが、「年齢本」の内容は、こうした主婦論争の動向と連動しているのです。

さて、ここでこのテーマ冒頭で掲げた私の課題に立ち戻ってみましょう。つまり、女性向け自己啓発書において「女性の生き方」はどのように論じられ、また男性はどのように論じられているのか、です。「女性の生き方」についてはこれまで論じてきましたので、男性に関する点を最後に考えてみます。

男性向け「年代本」では、女性はあくまでも男性の伴走者でした。いかにも都合のいい女性像だということもできるかもしれません。しかし女性向け「年齢本」でもこれはさして変わりません。何よりも大事なのは「自分らしさ」であって、人生のパートナーとしての男性はあまり登場しないか、登場しても彼の人生は彼のもの、と突き放されている場合がほとんどです。さんざん調べて当たり前のことが確認されただけかもしれませんが、男性向け女性向け関係なく、自己啓発書というのはつまるところ、自分が自分が、というメディアなのだと思います。

次回は「手帳術」をテーマとして、日常生活を自己啓発の素材とする技法について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

『40歳からの「迷わない」生き方
 浅野裕子/三笠書房/2010年

『40歳からの人生を輝かせる50のヒント
 近藤典子/光文社/2012年

『楽しくつくって、願いをかなえる 40歳からの「夢ノート」
 中山庸子/大和出版/2008年

『ウェルカム・エイジング
 金盛浦子/佼成出版社/2011年

『40歳からハッピーに生きるコツ
 横森理香/ウェッジ/2010年

『40歳からの「ひとり時間」の愉しみ方
 八坂裕子/PHP研究所/2010年

『中山庸子の30歳からの生きかた手帳
 中山庸子/海竜社/2006年

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