凶器とみられる刃物を購入した姿も確認

前足をここまでたどるのに3週間かかったが、ここから急展開する。さらにリレー捜査で男はいわき市の高速バス乗り場から乗車していたことが分かり、捜査1課はすぐにバスの乗客リストから男の身元を同市の60代と特定した。男は事件前日に実名で乗車券を予約していた。

いわき市から高速バスで東京駅に到着して山手線で有楽町駅に移動し、そこから歩いて東京メトロの日比谷駅まで行き、日比谷線に乗って中目黒駅にたどり着いた事件当日の男の200キロに及ぶ移動経路を、合同チームはリレー捜査で完全に捉え、解明した。

東京駅
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男の身元を突き止めた捜査1課は、容疑者の行動を尾行や張り込みで観察する「行動確認」に入るとともにリレー捜査を続け、事件前日に男が自宅近くの量販店で刃物を購入している姿が写った画像にも到達した。

行動確認を開始して1週間ほどたった2月10日だった。男は昼ごろ、福島空港へ向かい、韓国へ渡航しようとする動きを見せる。男にはいわき市で暮らす家族とは別に韓国に住む女性との間に娘がいたといい、韓国・仁川インチョン国際空港行きの航空券を予約していた。

初動捜査の中核は防犯カメラに変わりつつある

捜査1課は急遽、空港近くにある福島県警の警察署に男を任意同行し、任意の取り調べを始めた。当初、否認していたが、リレー捜査で凶器購入の裏付けもあったため、夜になり逮捕に踏み切った。逮捕の時点では、「韓国にいる娘の入院費用が必要だった」と容疑を認めている。

高綱は事件を振り返り、「これほど時間的な長さ、空間的な広がりを膨大な防犯カメラの捜査でつないで逮捕に至ったのはこの事件が初めてだ。防犯カメラの画像をひたすら見続けて解析に当たった合同チームの執念に感服した」と、その意義を強調する。

若松も「防カメ捜査はこれほど大きな威力を発揮するのかと驚いた。防カメは監視社会との批判もあったが、この捜査で世の中に認められたかもしれない。初動捜査に大きく比重を置くきっかけになった」と言う。

殺人など強行犯の捜査本部事件は、発生後3週間で犯人につながる糸口が見つからないと長期化すると言われる。時間がたつと目撃者の記憶は薄れ社会の関心も低くなり、証拠も散逸する可能性が高くなる。初動捜査で捜査員を大量動員して解決への端緒をつかむのが定石だ。

初動捜査は、現場周辺で情報を集める「地取り」が長らく中心だったが、現在の中核は防犯カメラの画像捜査(防カメ捜査)だ。「DNA型」「指紋」と並び捜査における“三種の神器”とされる。防犯カメラの設置密度の飛躍的な高まりを受け、画像捜査が果たす役割の大きさは計り知れない。