事件当日に不審人物を特定
この日は成人の日で、捜査1課長だった若松敏弘が官舎から現場に到着したときには、鑑識活動とともに、「捜査支援分析センター(SSBC)」と捜査1課初動捜査班の合同チームによる防犯カメラの画像収集がすでに始まっていた。特別捜査本部が設置された重要事件なので、刑事部長だった高綱直良も自ら現場に駆けつける。合同チームはリレー捜査で夕暮れに消えた犯人に迫ろうとしていた。
現場近くに凶器とみられる刃物が捨てられており、合同チームの捜査員はその辺りから中目黒駅までの間の住宅街や商店街の防犯カメラの画像を一斉に調べた。ボストンバッグを持った不審なジャンパー姿の男の画像は、事件が発生した当日のうちに見つかった。
中目黒駅を出て住宅街を通り元役員宅の方向へ歩く姿が事件前の「前足」で、商店街を抜け中目黒駅へと入る姿が事件後の「後足」だった。ところが、後足で男の姿はいつまでたっても駅ホームに現れない。男はどこへ消えたのか。
実は後に判明するのだが、男は駅のトイレの個室に入って犯行時の服を着替え、そこに数時間にわたって身を隠してからタクシーで逃げていた。前足では駅ホームにいる姿が確認できたため、チームは後足を追跡するのではなく、前足をさかのぼることにした。男はどこから中目黒駅に来たのか。
「リレー捜査」を展開して容疑者を追跡
3週間後、高綱は警視庁6階の刑事部長室で、若松から容疑者とみられる男の写真を見せられた。JR東京駅日本橋口の高速バス降り場から駅改札に向かう男の写真だが、すぐにはどこに男が写っているのか分からなかった。「これです」と説明された写真の中の男の顔は米粒よりやや大きい程度で、高綱は「こんなのよく見つけたな」と感心したという。
この写真の画像が防犯カメラで撮られたのは事件発生日と同じ1月10日。男は福島県いわき市在住の60代で、発生時に目撃された犯人と特徴が一致した。どうやって突き止めたのか。
合同チームは集めた防犯カメラの画像を徹底解析し、中目黒駅から同心円状に周囲の駅へとリレー捜査を展開して男の前足をさかのぼった。中目黒駅の次に見つかったのは東京メトロ日比谷線の神谷町駅で、ホームの防犯カメラが電車内にいた男を捉えていた。
さらに、日比谷線には日比谷駅から乗っていたことが判明し、そこまではJR有楽町駅から地上を歩いて移動していた。有楽町駅までは東京駅からJR山手線を使ったことを確認。東京駅の防犯カメラをくまなく調べると、男は高速バス降り場でバスを降り、駅構内に入り改札へと向かっていた。ここで撮られた画像の写真が、高綱が若松から見せられたものだ。