「立派な凡人」小渕恵三

「小渕恵三は凡人、梶山静六は軍人、小泉純一郎は変人」と評したのは田中眞紀子氏だが、小渕さんという人は実に立派な凡人だった。竹下政権が終わってヒラの議員に戻った小渕さんがある日、突然、私のところにやってきて「大前さん、華僑って何だね?」という。

ひとしきり華僑の説明をすると、「ちょっと暇ができたから、誰か紹介してくれないか?」という。

理由を聞いたら小渕さんは率直に言った。

「僕は首相になりたい。しかし華僑の一人も知らないで日本の首相が務まるだろうか。華僑と握手をして、体を触って、いざというときにこの人と言える知り合いがいるというのは、首相として大事なことではないか」

感心してインドネシアとマレーシアの華僑を何人か紹介したら、後日、小渕さんは本当に訪ねて行った。

野に下って一息つく間もなく、自分がリーダーになったときの準備をする。中曽根さんにしても、竹下さんにしても、小渕さんにしても、あの頃の政治家はそういう勉強、修行を怠らなかった。それに比べて、今時の政治家の何と厚みのないことか。瞬間芸で政局を乗り切っているようにしか見えない。

私は二大政党制に賛成で、互いに取って代われる大きな政党が二つあって、政策を競い合うべきだと思っている。それぞれの政党で活躍できる人材のピークを40代後半から50代にセットして、若い政治家を20年かけて経済や外交のプロに育て上げていく。そういう仕組みを持たなければ、一国を預かるに足る本物の政治家は出てこない。

小渕さんが首相になる一年ほど前に、竹下さんと小渕さん、私とある財界人の四人で会食したことがあった。

「今日はお願いがあります」と竹下さんは切り出した。

「私も島根の山奥から出てきて首相までやらせていただきました。今度はコイツを首相にしたい。お手伝いください。これが私の最後のお願いです」

隣の小渕さんも殊勝な顔で頭を下げた。

自民党の派閥政治を褒めるつもりはないが、人が人を育てる濃密な人間関係、師弟関係は確かにそこにはあった。

もしかしたら、「お前、華僑の知り合いぐらい作っておけ」と竹下さんがアドバイスしたのかもしれない。

(次回は《大前流ネット・リテラシー-1-》。2月25日更新予定)

(小川 剛=インタビュー・構成)