パワハラやカスハラの報道が絶えない。問題になっているにもかかわらず、消えないのはなぜか。『日本語に生まれること、フランス語を生きること』の著者である上智大学名誉教授の水林章さんは、背景に「日本社会の構造」と「日本語」があることを指摘する。ノンフィクションライターの山田清機さんが聞いた――。(前編/全2回)
上智大学名誉教授の水林章さん
撮影=今村拓馬
上智大学名誉教授の水林章さん

なぜ「告発者」が追い詰められるのか

パワー・ハラスメントの報道が絶えない。

北海道選挙区選出の参議院議員・長谷川岳氏(自民党)による自治体職員への威圧的言動、兵庫県知事・齋藤元彦氏(維新の会)による県庁職員に対する暴言や激しい叱責の疑惑、鹿児島県警では県警の不正捜査や不祥事の隠蔽をメディアにリークした巡査長と元生活安全部長が、当の鹿児島県警によって逮捕されるという異様な事態が起きている。

その他、地方自治体の首長や地方議員によるパワハラ報道は、枚挙にいとまがない状態だ。

なぜパワハラが多発するのかももちろん問題だが、パワハラ報道に接して最も恐ろしいと感じるのは、告発された側ではなく告発した側が追い詰められて、退職や自死を選んでしまうケースが多いことだ。

兵庫県の例では内部告発をした元県民局長が自殺したと見られ、鹿児島県警の例ではメディアに情報を提供した巡査長が守秘義務違反で懲戒免職、元生活安全部長は逮捕される直前に自殺未遂を図っている。また、内部告発ではないが、森友学園問題でも公文書の改竄を命じられた近畿財務局職員の赤木俊夫さんが、その旨を記した遺書を残して自殺している。

結果として告発者の方が不利益を被ってしまう状況に、寒々としたものを感じるのは筆者だけだろうか。

『日本語に生まれること、フランス語を生きること』

昨年9月、『日本語に生まれること、フランス語を生きること』(春秋社)という、一風変わったタイトルの本が出版された。著者は上智大学名誉教授(フランス文学)で作家の水林章さんである。

水林章『日本語に生まれること、フランス語を生きること』(春秋社)
水林章『日本語に生まれること、フランス語を生きること』(春秋社)

水林さんはフランスの作家、ダニエル・ペナックの作品『学校の悲しみ』を翻訳したことがきっかけで、フランスの出版社、ガリマール社の名編集者、J=B・ポンタリスと知り合う。そしてポンタリスの勧めによって、フランス語による初の著書、『他所から来た言語』を出版。『他所から来た言語』は2011年度のアカデミー・フランセーズ仏語・仏文学大賞を受賞し、その後水林さんは、8冊の小説やエッセイをフランス語で発表している。

日本語に生まれること、フランス語を生きること』には、パワハラが多発する日本社会の構造を解き明かすヒントが含まれている。

水林さんに、本書執筆の経緯から伺うことにした。

【水林】ポンタリスさんという人は、フランスでは誰もが一目を置く著名な編集者で、精神分析学者としても令名を馳せていた人です。彼の「君とフランス語の関係について書いてみないか?」という勧めによって『他所から来た言語』を書くことになったわけですが、ガリマールの出版システムはなかなか面白くて、何を出版するかを決める編集会議の中心にいるのは、いわゆる社員ではなく結構な数にのぼる高名な作家たちなのです。ポンタリスさんも作家の顔をもつ編集者でした。