プラットフォームが存在しない
もちろん、個別の選手のバイオメカニクス的なデータは球団や選手のものだが、MLBの全選手の数値的なポテンシャルは球界だけでなく、広く世界に公開されている。誰であっても「スタットキャスト」などの情報を使って様々な研究をすることが可能なのだ。野球ファンは自分自身で選手や球団を思い思いに評価し、様々にデータを加工することができる。
しかしNPBでは、球場でのデータ計測は、球団個々の判断で行われている。球場に「トラックマン」「ホークアイ」を設置するのも、システムを構築するのも球団のコストだ。だから成果物たるデータも球団だけのものになる。外部のデータ会社やアナリストに依頼して得たデータもすべて球団の資産となる。
今回、データ関連の取材をして痛感したのは、日本野球界の情報関連ビジネスの「セグメントの細かさ」だ。企業や個人が実に小さな市場でビジネスを展開している。情報共有はほとんどしていない。今回の取材に際して、筆者はいくつか取材拒否をされた。その大きな原因は、筆者がそうした事情を知らずに、あまりにも無造作かつ不躾に取材を依頼したからではあるが、本書を脱稿する際に、改めて難しい業界だと思った。
前述のとおり、MLBでは「スタットキャスト」という共通のプラットフォームがあり、各球団のアナリストはその奥にあるさらに深い分析や、トレーニング施設などで個別に得られるパーソナルデータをもとに、選手の評価や育成を行っているが、NPBではそうしたプラットフォームは存在しないのだ。
日本版「スタットキャスト」をつくるしかない
日本のデータ野球が本当の意味で進展し、多くのファンが「○○選手の投球の回転数や変化量」「××選手の打球速度、バレルゾーンの広さ」に驚き、評価するようになるために必要なのは、日本版「スタットキャスト」を創設するしかないのではないかと思った。
2024年は、全12球団が「ホークアイ」を導入することになった記念すべき年だ。各球団にその意志さえあれば日本版「スタットキャスト」も夢物語ではないのだ。ある球団のアナリストは「どんな計測機器やデータを持っているかではなく、そのデータでどんな分析結果を出せるか、それをチームの勝利に結びつけられるかで勝負したい」と言ったが、情報インフラ的にはその準備は整いつつある。
その意味で、筆者は2022年に沖縄で始まった「ジャパンウィンターリーグ」に大きな期待を寄せている。このイベントには、企業の枠を越えてデータ野球を取り扱うアナリストが集まり、「リモートスカウティング」という一つの目的に向かって取り組んでいるからだ。