火坂雅志

1956年、新潟県生まれ。早稲田大学在学中から歴史小説に没頭する。出版社勤務後、88年に『花月祕拳行』で作家デビューを果たす。豊臣秀吉の侍医兼参謀を描いた『全宗』、徳川家康側近の金地院崇伝を題材にした『黒衣の宰相』などの意欲作を多数発表。今年のNHK大河ドラマの原作になった『天地人』で中山義秀文学賞を受賞した。現在、新潟日報などに小説「真田三代」を連載中。「この作品でも『天地人』と同様に、主舞台の長野、群馬の食材が頻繁に登場します」というから楽しみだ。


 

私の著書が原作のNHK大河ドラマ「天地人」は、幸いにして終盤を迎えた今も高い人気のようです。でも、この『天地人』の執筆は、実は私にとってしんどい仕事でもありました。故郷である越後に、真正面から向き合わなければならなかったからです。私にとって故郷とは、ありがたいけれども少々うるさい親のように、大きくて重い存在なのです。

『天地人』の主人公の直江兼続、そして主君の上杉景勝も越後の出身です。後に国替えとなり、今の山形県で活躍することになりますが、兼続はそんな雪国の厳しい自然を背景に、私利私欲を捨てて、民を愛し、郷土を守る“義”と“仁愛”の精神を育みました。凍てつく冬に耐え、草木の芽吹く春を待つという風土は、デビューして20年後にようやく大ヒット作に恵まれた私自身の作家人生とも重なり合います。

戦国期は群雄割拠の地方の時代。それぞれの土地で豊かな食文化も花開きました。兼続たちも、地元の酒、料理を大いに味わっていたはずです。『天地人』でも、酒や食べ物を意識的に多く登場させるようにしました。そうすると、小説に仄かな「匂い」が立ち上ってくるんです。

特に、極上の米と清らかな雪解け水に恵まれた越後は、私の大好きな日本酒の名産地でもあります。なかでも越乃寒梅は不動の王様。けれども、王様だけに「ハレ」の酒で、人生の節目などのとっておきのときに飲みたくなります。普段飲む「ケ」の酒は、越後の隠れた名酒でもある妙高山の純米酒と決めています。

越後の食材は、こうしたうまい酒によく合うんです。海の幸なら、南蛮エビの刺し身とバイ貝が抜群に美味。野菜で言えば、新潟県人が特別に好む枝豆のほか、菊の花、ナスの料理も、酒の肴にうってつけですね。豚肉も特産で、越乃寒梅のような淡麗辛口の酒と相性がいい、もち豚のしゃぶしゃぶをよく食します。

越乃寒梅の蔵元が経営している「きた山」は、酒はもちろん、肴も信頼できます。

山形料理については、米沢牛など牛肉もいいですが、私はなんといっても山菜を挙げたい。実は、山菜は山形産が日本一おいしいと思っています。最大の決め手は雪。適度な雪が山菜を柔らかくするんです。

それと、山形の人々が、とにかく山菜にこだわりを持っていることに驚きます。まず、種類が膨大にある。同じ春の山菜でも、早春から晩春まで、いくつもの時期に分けて旬のものを探して、独特の料理に仕立てるんです。そのほろ苦さと野趣が、これまた日本酒にぴったりなんです。

山形屈指の老舗旅館が東京・銀座で経営する「古窯」は、地場の山菜も揃っているし、落ち着いて飲める雰囲気が気に入っています。