ドイツ鉄道は2~3時間の遅延が常態化
私は1990年からこの国に住んでいるが、21世紀に入ってから、特に2020年以降、社会の各所に様々な「きしみ」を感じる。かつての美徳が、どんどん失われている。一例が交通機関の遅れだ。ドイツ鉄道(DB)の長距離列車は、かつて時間の正確さで知られた。しかし今では2~3時間の遅れが常態化しており、利用者の間で不満が高まっている。
先日、あるドイツ人男性が、列車でミュンヘンからバイエルン州南部のフュッセンに行こうとした。しかし発車時刻になっても、列車が動かない。
やがて車内放送があった。「いま列車の運転士を探しています。もう少しお待ち下さい」。しばらくすると、また車内放送。「運転士が見つかりませんので、この列車はキャンセルになりました。皆さん降りて下さい。次のフュッセン行きの列車は、2時間後に発車します」。
この男性は、「時間を守ったり、約束したことを必ず実行したりするというのが、かつてのドイツの常識であり美徳だった。しかしこの美徳は、失われつつある。ドイツは、下り坂だ」と私に言った。
私も1980年に、この国の鉄道が国営でドイツ連邦鉄道と呼ばれていた頃頻繁に列車を利用したが、発車・到着時間の正確さに感動した。「これがドイツ的秩序なんだな」と思った。連邦鉄道は1994年に民営化されたが、それ以来徐々に金属疲労の兆候が見えてきた。
マンハイム駅で乗り継ぎできるはずが…
最近では、列車に乗る前に「定刻に着くだろうか」と不安になる。大切なアポイントメントがある時には、前の日に行くか、飛行機を使う。やむを得ず列車を使う時には、列車の到着が遅れるという前提でスケジュールに余裕を取る。なるべく乗り換えのない列車を選ぶ。1980年代に経験した安心感、信頼感はなくなった。
2023年9月に講演を行うためにミュンヘンからデュッセルドルフに行った。列車は2時間遅れた。講演には間に合ったものの、かなりギリギリだった。
帰りの列車は、10分の遅れで済んだが、珍事があった。列車がマンハイム駅に近づくと、車内放送が流れた。「チューリッヒ行きの列車は、到着ホームの向かいのホームから発車します。乗り継ぎできる予定です」。だが列車がマンハイム駅のホームに入ると、車窓から、向かいのホームの列車が走り出したのが見えた。
また車内放送があった。「お客様、悪い知らせです。チューリッヒ行きの列車は、もう発車してしまいました。乗り継ぎはできません」。乗客たちから、笑い声が上がった。