大和特攻「天一号作戦」が決まった異例の経緯

【半藤】大和特攻について『小柳資料』では、昭和二十年八月、軍令部勤務から第五航空艦隊長官となった草鹿龍之介中将が、まことに重要な証言をしています。ポイントはふたつ。ひとつ目は、作戦決定の経緯です。機微に触れる内容を、つぎのようにしゃべっています。

すると日吉から電話が掛かって来て「大和以下の残存艦艇(大和、矢矧やはぎ、駆逐艦八隻)を沖縄に斬り込ませることに決まったが参謀長の御意見はどうですか、豊田長官は決裁ずみです」とのことであった。

実は第二艦隊の使用法に就いては、私はかねがね非常に頭を悩ましていた。全軍特攻となって死闘している今日、水上部隊だけが独りノホホンとしている法はないと主張するものもあったがまぁまぁと押さえていた。何れは最後があるにしても最も意義ある死所を与えねばならぬと熟慮を重ねていた際とて、この電話を受けたときはぐっとしやくに触[障]って「長官が決裁してからどうですかもあるものか」となじると「陛下も水上部隊はどうしているかと御下問になっています」と云う。「決まったものなら仕方ないじゃないか」と憤慨はしたが、更に悪いことには鹿屋かのやから第二艦隊に行って長官に引導を渡してくれと云う。この特攻隊が途中でやられることは解り切っている。それをやれと云うのは真に辛いことである。