「スマホ」が命取りになりかねなかった

名指しで連れ出された男性たちもいたという。

「地下に降りてきた兵士が5人の男性の氏名を書いたリストを手にしていました。名前が呼ばれて5人とも連れ出されたのですが、戻ってきたのは1人だけで、4人は戻ってきませんでした」

リイバが地下壕に来て5日目の7日午後、子どものいる母親、高齢女性、男性の順に解放された。そのとき、ロシア兵に念を押された。

「スマホは電源を切れ。決して撮影するな」

スマホを使おうにも、町はすでに通信も電気も途絶えていた。町全体がいわばオフラインの状態になっており、スマホは持っているだけで命取りになりかねなかった。

「ロシア兵は若い男性を見るたびにスマホを調べて、『愛国的』な情報がないか調べていました。東部ドンバス地方での従軍経験者や領土防衛隊員の情報とか、ウクライナの国章の写真があっただけで連行されました。兵士たちは、若い男性を殺す裁量を与えられているかのようでした」

村山祐介『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)
村山祐介『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)

ビルの外に出ると、駐車場そばの白いフェンスの前に2体の遺体が転がっていたという。リイバは人差し指で右ほほを指して言った。

「遺体にかけられていた布をめくると、ほおがナイフで切られ、奥の骨や歯まで見えたんです。別の男性は上半身裸で胸を撃たれ、刺し傷もありました」

記憶をたどるのが耐えきれなくなったのか、祈るように組んでいた両手を小刻みに震わせた。

「私は医療従事者だったので血や遺体を怖いとは思いませんが、そんな私にとってもおぞましい光景でした。あんなひどいのは見たことありません……。近所の人たちが遺体を回収したいとロシア軍に掛け合ってくれたのですが、認めてもらえませんでした」

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