「ベンツから軽トラ」に乗り換え海陽町へ

ショッピング大黒は、1970年創業の地元に根差した家族経営の商店だった。2020年に創業50年を迎え、還暦を過ぎた2代目の大黒彪央さんは心臓に持病を抱えていることもあり、経営を誰かに譲りたいと考えていた。しかし後継者がおらず、人口減少で徐々に客入りも減っていたことから、廃業も検討していたところだった。

そんな時に出会ったのが、東京から移住してきて3年目の岩崎さんだった。

岩崎さんは、デビュー前から十数年にわたり歌手MISIAのマネージメント業に携わり、所属事務所の役員も務めるなど、音楽業界の第一線で活躍する業界人だった。だが、2011年の東日本大震災と原発事故をきっかけに「これは大きく生き方を考え直す必要がある」と強く感じ、東京での羽振りの良かった暮らしから一転、元々興味のあった自然に根ざした暮らしにシフトすることを決めた。

音楽業界で働いていた頃を振り返る岩崎さん
筆者撮影
音楽業界で働いていた頃を振り返る岩崎さん

愛車のベンツを売り払い、それまでの仕事を手放し終えた2016年に淡路島に移住し、2017年1月からは妻とキャンピングカーで旅する暮らしを始めた。海陽町にたどり着いたのは2017年6月のこと。その豊かな自然や山奥の暮らしに強烈に惹かれ、すぐに移住・定住を決断した。

徳島に移住してからはほとんど山にこもって畑仕事や家作りに熱中した。まさに、ベンツから軽トラに乗り換える生活を選んだのだ。

移住から2年後の2019年、畑で育てた無農薬野菜を使った惣菜と自然食品の店を持ちたいと考えていた岩崎さんと、誰かにスーパーを継いでほしいという大黒さんが、地域行事をきっかけに偶然出会い、岩崎さんは二つ返事でショッピング大黒を事業承継することにした。

「地域インフラとしての商店」がやりがい

「ショッピング大黒は、店頭販売だけでなく、学校給食や地域の飲食店にも食材を卸しています。もともと食を通じて世の中をよくしたいという思いがあったので、そこに大きなやりがいを感じたんです」

商店を継承した理由を語りながら、岩崎さんは日焼けした顔でニコッと笑った。その笑顔は、“元業界人”というより、“農家のおっちゃん”のようだ。

しかし事業承継を決めた時点で、岩崎さんは魚が捌けるわけでも、仕入れができるわけでもなかった。さぞ大変な修行期間があったのかと思い聞くと、「いや、ずっと雑談してました(笑)」という。

「事業承継が決まったのが2019年の9月かな。それから毎日、大黒さんから電話が来るんですよ。しかも1日に2時間くらい。年明けまで続きました。私も社長もお互いのことをほとんど知らなかったから、まずは生い立ちとか自分たちのことを話して、あとは昔の町の様子とか、店舗を持つ前は移動販売をやっていたとか、店や町の歴史をたくさん聞かせてもらいました」

岩崎さんが店を引き継いだ後も、1年間は大黒さんの家族が社員として働いてくれることになっていた。岩崎さんが実際に現場に立つようになったのは、リニューアルオープン直前の2020年2月。それからは毎日、スーパーに通った。