中国は09年からアメリカを抜き、世界最大の新車市場の地位を固めているものの、エンジン車技術および基幹部品技術の遅れにより、グローバル市場で日米欧に追い付くには依然遠い道のりがあった。また、高い石油輸入依存度や深刻化する大気汚染という事情もあり、中国政府は部品点数の少ないNEVへのシフトに舵を切ったのである。「Well-to-Wheel(油井から車輪まで)」の視点から見て、NEVは本質的な意味においてゼロエミッションカーではないものの、産業発展やエネルギー安全保障戦略から中国はNEVシフトを決意した。
中国政府は09年に「十城千輌プロジェクト」を打ち出し、主要都市で公共バスやタクシーなどの電動化を推進して、10年には個人向けのNEV補助金制度も開始した。12年に発表された「省エネ・NEV産業発展計画」(12~20年)が、国策として自動車産業のNEVシフトの幕開けとなった。そして中国政府は市場形成に向けて、需要サイドと供給サイドの政策を同時に推進してきた。
需要サイドの政策には、13年に始めたNEV補助金制度がある。国の補助金制度に合わせ、地方政府もメーカーに対し補助金を別途支給する形でNEV事業の支援を実施。国の補助金の累計額は10~22年に1500億元(約3兆円)にも上った。中央政府は車両購入税の免除(車両価格の10%相当)、充電スタンドの整備に伴う補助を行い、一部の地方政府は交通規制の対象外となるEV専用ナンバープレートを配布した。
供給サイドの政策では、18年に「ダブルクレジット規制」を導入した。罰則付きの規制によって、自動車メーカーに燃費の改善とEV生産の拡大を促した。こうした政策に突き動かされる形で、地場メーカーは相次いでEV生産に乗り出し、中国のEV販売台数は18年に100万台を超えた。だが、政策支援の限界もあり、その後は伸び悩んでいた。
中国EVといっても20年以前は、配車サービスやタクシーなど営業車向けのエンジン車モデルを電動化しただけの車が大半だった。充電インフラの未整備、低品質の電池といった課題があり、一般の消費者には普及していなかった。
しかし、21年に市場トレンドが変わった。米テスラが上海で生産し始めた「モデル3」が世界的な人気を博し、上海蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車(Xpeng)、理想汽車(Li Auto)などの新興勢が追随し、中国では中大型・高級EVブームが起きた。ソフトウエアと通信技術を活用し、自動運転補助や娯楽などの機能が組み込まれたスマートカーは、特に富裕層から人気を集めた。所得水準が高い大都市が高級EVの主なマーケットだった。