いまの世界には「無敵の超大国」がいない

そして第三の事実だが、これがはっきりしてきたのは、新型コロナ禍が経済と社会に与えた長期的な影響が表面化し、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦闘などの非常事態が発生してからだった。すなわち、かつては有利な立場をめぐってしのぎを削っていた無敵の超大国が、いまでは競争を通じてむしろ弱点と力不足を露呈しているのである。

いまの世界には、抜きんでた超大国は存在しないし、近い将来もそれは変わらない。政治的、経済的な強さを持続できると胸を張れる国もなければ、世界が投げてよこす課題を楽々と打ちかえせる国もない。中国の世界支配は実現せず、かといって米国も、ドナルド・トランプの唱える「グレート・アゲイン」にはなれない。

自由民主主義の確固たる覇権を、台頭著しい中国が脅かし、やがてはくつがえす――私たちは1991年のソ連崩壊からずっと、世界はそんなシナリオで進むと信じてきた。けれどもこの15年間、とりわけ直近5年間の世界の変動は、私たちの思いこみを打ちくだき、そんな未来はないと教えてくれる。

すべての超大国は弱くなった。そこに最大の危険がある。世界の警察官として国際社会でゲームの規則を定め、指導力を発揮して平和を維持できる国がないのだ。

トランプ大統領を生んだ2つの衝撃

まず米国から見ていこう。経済は揺るぎないし、技術革新は目ざましく、軍事力も突出している。だがそのいっぽうで、今世紀最初の10年に受けた大きな痛手がまだ癒えていない。

ひとつは2001年9月11日に発生した同時多発テロと、その流れでアフガニスタンおよびイラクで展開した軍事作戦だ。米国は莫大な費用を投じながらも国際社会の評価を下げ、あげくに失敗に終わった。

もうひとつは2008年、米国のリーマンショックから始まった世界的な金融危機である。社会の分断は深まり、米国の経済と金融は信用を失墜し、過激なポピュリズムが大きな顔をしはじめた。

米国がこれほどの打撃を受けなければ、ドナルド・トランプは2016年の大統領選で勝利することはなく、2024年の選挙で返り咲きをねらうこともなかった。2016年にトランプが当選し、在任中に好き勝手をやったことで、同盟国さえも米国の長期的な指導力を疑問視しはじめる。

さらにトランプとその支持者は、2020年大統領選の結果をひっくりかえそうとごり押しして、民主主義と法の秩序を照らす灯台としての米国の立場も危うくしている。同様の試練は過去に何度もあり、今回も米国は自らを省みて軌道修正できるはずだと誰もが信じていた。そう、2021年1月6日に議事堂襲撃事件が起きるまでは。