叱られつづけることに効果はあるのか?

そんな状況のなかで私は、叱ることの効果について疑問をもち始めていました。

もし叱ることに現実的な効果があるのならば、これだけ叱られつづけている子どもたちの状況がよくならないはずはありません。けれども、子どもたちの学びや成長が促進されている様子はありませんでした。ずっと同じことが繰り返されていて、むしろ状況は悪化することが多かったのです。

最も心配だったのは、叱られつづける子どもたちから自尊感情が根こそぎ奪われてしまうことです。自分に自信が持てなくなって、「どうせ僕なんて」「私には無理だ」などの言葉が、口癖になってしまっている子どもがたくさんいました。

そんな悩みを抱えていたころ、その後の私に大きな影響を与えた出来事がありました。それは、ニューロダイバーシティとの出会いです。

親にしかられて縮こまっている男児
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ニューロダイバーシティは、ニューロ(脳・神経)とダイバーシティ(多様性)を組み合わせた造語で、脳や神経の働き方の違いを多様性の視点で捉えて尊重しようというメッセージを含んだ言葉です。この言葉は、1990年代後半に、発達障害の一つとされる自閉スペクトラム症の成人当事者が、セルフアドボカシー(自己権利擁護)のために用いた歴史的経緯があります。

私はこの言葉の存在を知ったとき、とても感動し、同時に安心したことを覚えています。なぜなら、私が発達障害の子どもたちと関わるなかで感じていた、子どもたちを「障害」という枠組みのなかで捉えることへの違和感が言葉になっていると感じたからです。

このニューロダイバーシティとの出会いの後、私は脳・神経科学や認知科学を学び始めました。臨床心理士という立場でニューロダイバーシティを発信するためには、脳や神経の働き方やメカニズムについて知っておく必要があると考えたからです。

結果的には、この出会いと学びが「叱る」ことへの疑問に多くの答えをもたらしてくれることになりました。具体的には「叱られ続ける」子どもたちがどういう状態になるのかについて、多くの示唆があったのです。

ネガティブ感情を感じた瞬間、「防御モード」になる

叱られた子どもは、なぜ同じことを繰り返すのか。

その答えは、「防御システム」とも呼ばれる、脳の危機対応メカニズムにありました。脳の奥底に扁桃体へんとうたいと名づけられた小さな部位があります。この部位は人間の感情、とくにネガティブ感情について重要な役割を果たしていると考えられています。この扁桃体を中心とするネットワーク(防御システム)が活性化するとき、人は「闘争・逃走反応(Fight or Flight Response)」と呼ばれる状態になることが知られています。

この反応については、天敵に襲われた小動物をイメージするとわかりやすいでしょう。危機を感じたその瞬間に、戦うか逃げるかどちらかの行動をしないと命が奪われてしまいます。だから脳は強いネガティブ感情を感じた瞬間に、行動を引き起こすために「防御モード」に切り替わるのでしょう。

草原を駆け出す少年
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重要なことは、この防御システムが人の学びや成長とは真逆のシステムであることです。具体的には防御システムが活性化しているとき、脳の前頭前野の活動が押し下げられることがわかっています。前頭前野は知性や理性など人の知的な活動にとっての重要部位です。つまり、しっかり考え、検討するために必要な部位なのです。

危機的な状況においては、時間をかけて考えることが逆に命の危険を高めてしまいます。だから、防御システムは知性のシステムを停止させて、行動を早めさせるのでしょう。これらのことを整理したうえで、叱られた子どものことを考えてみましょう。