アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ」は、病気の進行を遅らせることができる画期的な薬だ。慶應義塾大学医学部の伊東大介特任教授は「保険適用で3割の人の場合は年間約90万円と、他の抗認知症薬と比べて安くはない。一方、レカネマブの治療によって健康な生活が0.91年延び、193万円~467万円の社会的価値に相当するという試算がある」という――。

※本稿は、伊東大介『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(商品名レケンビ)
写真提供=エーザイ
アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(商品名レケンビ)

レカネマブを投与するには条件がある

Q.今すぐレカネマブ(商品名レケンビ)の治療を受けることはできますか?

レカネマブの投与を希望しても、すぐに投与がはじまるとは限りません。投与の前にいくつかの検査を受ける必要があります。

どんな薬についても、どの疾患のどの患者さんに使えば医学的に効果があるのか、あらかじめ使用の対象が決まっています。これを「適応」といいます(混同されやすい言葉に「適用」があります。こちらは主に健康保険の対象となる薬や治療法について保険適用されるなどと使います)。

したがってレカネマブの投与を受けるには、まず患者さんがその適応条件を満たすかどうかを調べなければならないのです。

中等度以上の認知症の人は対象外

最初に受けていただくのは「簡易認知機能評価尺度(Mini-Mental State Examination:MMSE)」と「認知症重症度評価尺度(Clinical Dementia Rating:CDR)」という2種類の認知機能検査です。

MMSEは、自分が今どこにいるかという見当識や、物品名の記憶力、計算力、読解力などを問う30点満点の検査で、23点以下を認知症疑い、27点以下を軽度認知障害(MCI)疑いと評価します。

MMSEが患者さんご本人に質問しながら実施するのに対して、CDRはご本人への質問のほか、ご家族など身近な人からの情報に基づいて、医師が記憶力、見当識、判断力などを5段階で評価します(検査の際には同居者、介護者から状況を確認する必要があるため、一緒に来院していただきます)。0が健康、0.5が認知症の疑い、1が軽度認知症、2が中等度認知症、3が重度認知症に分類されます。

レカネマブの適応となるのは、MMSEが22点以上、CDRが0.5または1、つまり、軽度認知障害か軽度の認知症の方です。認知障害のない正常な人や、逆に中等度以上の認知症の方はレカネマブ投与の対象から外れます。

レカネマブの治験では、中等度以上のアルツハイマー病の人は研究対象に含まれませんでした。したがって、中等度以上のアルツハイマー病への効果は不明であり、現時点では治療対象となっていないのです。