着任した7月から8月も、9月も赤字……

「藤江君、次はフィリピンだ。頑張ってこいよ」

当時の上司からそう告げられたのは、中国で食品事業部長を務めていた2011年のことでした。赴任に向けてはそれ以上のことは語られません。常日頃から薫陶を受けていた方からの辞令だったので、考えてもらった異動のはず。全力を尽くそうと決意したのを覚えています。

藤江 太郎
藤江 太郎
味の素株式会社取締役、代表執行役社長、最高経営責任者。1961年、大阪府生まれ。85年京都大学農学部卒業後、味の素社入社。中国の食品事業部長をはじめ、フィリピン味の素社社長、ブラジル味の素社社長など世界各地で事業責任者を歴任。2022年より現職。

フィリピン味の素社(APC)は1958年創業の歴史ある会社で、ブランド力が高く、売り上げも当時の中国とは10倍くらい開きがありました。中国の社員たちには、将来自分たちがどんな会社になりたいか目指す姿を考えようという海外研修をやっていたのですが、フィリピンはそのときの研修先の一つでもありました。だから話を聞いたときは、「今度は大企業に行くんだ」という感覚でした。

ところが社長として着任し、7月の月次決算を締めると赤字。続いて8月も赤字、9月も赤字……。このままでは年次で赤字転落の危機、という状況に陥っていました。創業当時こそ赤字の時期はありましたが、それ以降のAPCはグループ全体に利益をもたらす優良企業でした。それが、私が赴任した時期は競争激化や各種コストの上昇で、赤字に転じてしまったのです。着任して1カ月くらいで「これはあかん」と気付きました。

APCはどんな会社だったか。一言で言うと「いい会社」です。ただ、その分「甘い」。

それが表れていたのが売掛金の回収でした。日本では約束手形を振り出した会社は基本的に支払ってくれますが、フィリピンの会社はうるさく支払いを迫る取引先から順に支払っていきます。期日が遅れるのは大して問題にならず、それぞれの会社の財務担当者の仕事の一つが、なるべく売掛金の支払いを渋ることでもある。そんな商習慣が定着しています。

APCの売掛金の回収は甘かったので、なかなか支払ってもらえませんでした。そのまま5年、6年と時間が経つと「そんな昔の話は知らない」と回収できない売掛金も発生します。一方、「いい会社」なので買掛金の支払いは早い。これはもう「あかん」会社の典型です。一刻も早く損益を改善する必要がありました。