好物だったカレーもビールも遠のく

《リハビリに取り組む中で、日常生活においてもいくつもの落差を感じた》

けがをしてから血圧が不安定になり、立ち上がると血圧がすうっと下がって意識が遠のくことが長い間続きました。ちょっと座っているだけでも血圧が80ぐらいになってしまうので、座って食事ができるようになるまでだいぶ時間がかかりましたね。箸も重たく感じられ、なかなか上げられませんでした。

味覚にも変化がありました。以前は相当辛い物を好んで食べていたんですが、入院してしばらく辛い物を食べないでいたら、病院で食べる普通のカレーライスがとてつもなく辛く感じられました。納涼会で一本だけ出された小さな缶ビールも、「ビールってこんなに刺激の強い飲み物だったかな」というぐらい、とにかく刺激が強くて。以前は水のごとく飲み干していたけれど、飲酒初心者に立ち返りましたね。

生きていく目標を自分でつくるべきだが…

《数々の落差を体感し、自身が置かれている状況を少しずつ把握していった。努力の方向性を見いだすまでには、長い時間を要した》

健常者のころの自分についてはある程度わかりますが、障害を負った自分についてはわからないことが多いのです。今の自分の能力で何ができるのか。どんな努力をすればいいのか。どこまで苦しさに耐えられるのか。そういったことをつかむまでが、相当大変なんですね。それが、われわれ障害者にとっての問題点なのです。

谷垣禎一さん
画像提供=扶桑社
谷垣禎一さん

また、状態は日々違います。例えば、春先に「だいぶ体が軽くなってきましたね」とトレーナーに言われたとしても、リハビリの成果の表れとはかぎらないんですよ。だいたい暖かい季節には体が軽くなり、寒い季節には重くなるものなんです。そういうことも、1年目にはなかなかわからない。2年目、3年目と繰り返してわかってくるんです。

目標は、他人から与えられるより、自分でつくるほうがいい。生活保護や介護保険などの「公助」の仕組みがいくら整っていても、まずは生きていく目標を自分で抱けなかったら、公助もへったくれもないと思います。

だけど、実は何を目標にしたらいいか、なかなかわからないんですよ。一口で「障害者」といっても、抱えている困難は人によって全然違う。同じ「脊髄損傷」でも、悩みは人それぞれなのです。私みたいな70代後半の人間はいかに体調を維持していくかを考えるわけですが、10代で脊髄を損傷したような子は、これからの人生をどう生きていこうか悩むだろうと思います。親御さんも悩まれるでしょう。孤独感にも襲われる。

「自助」というと簡単だけど、自分がどんな目標を立てて、どんな努力をしたいのか、障害を負った人が自分なりに答えを探せる体制づくりが必要だと思います。