認知症のひとつ、アルツハイマー病の薬が開発されつつある。2023年末、製薬メーカーのエーザイなどはアルツハイマー病治療剤として「レケンビ点滴静注」(一般名:レカネマブ)を発売開始。難病の解明をライフワークにしている東京大学名誉教授の石浦章一さんは「アルツハイマー病の新薬は、脳内の老人斑をなくすことを目的とするもの。しかし、その効果が期待できる発症段階はかなり限定的で、治験結果の良い数値も微々たるものだ」という――。

※本稿は、石浦章一『70歳までに脳とからだを健康にする科学』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

アルツハイマーを引き起こす脳内の神経細胞の老人斑

アルツハイマー病では何が起こっているかということ、脳内の神経細胞の外側に老人斑ができます。この老人斑は、実は、今から40年くらい前に主成分が報告されていて、それがアミロイドβタンパク質(Aβ)というペプチドでした。たった40個近くのアミノ酸が結合している小さなタンパク質だったのです。

このAβがどうしてできるかを調べれば、この病気の原因が分かることになります。そこで、世界中の研究者が競争して意外と早く原因が明らかになりました。このAβは、実は、アミロイド前駆体(APP)という非常に大きなタンパク質の一部であることがわかってきました。このアミロイド前駆体がβ部分、すなわちAβの先端で最初に切断されます。次に、ガンマ(γ)部分というもう少し後ろの部分でも切断されるとAβが作られるのです。

アルツハイマー病の最新治療の仕組みとは?

そこで、根本治療のことをご紹介しましょう。アルツハイマー病の新薬というのは、脳内の老人斑をなくすことを目的とするものです。どうやって老人斑を除くかというと、Aβに対する抗体を使って取り除くのです。

最初に報告されたのは2016年で、アデュカヌマブという抗体です。これはAβが数個集まったAβオリゴマーに対する抗体です。Aβオリゴマーが神経細胞を殺すと考えられています。このアデュカヌマブを静脈注射すると脳の老人斑が消えるという報告が『ネイチャー』という雑誌に報告されました。その抗体の量を増やせば増やすほど、老人斑がきれいに消えるということが分かり、このアデュカヌマブという抗体は理想の新薬ではないかと報告されたのです。

ところがアデュカヌマブを作った企業が、2019年の3月に、この開発を中止すると発表しました。どういうことかというと、よく調べてみると効かなかった、ごめんなさい、というわけです。これも奇妙な話です。実際の結果ではどうだったかというと、多くの症例で調べてみると、アデュカヌマブを大量に投与した群では少し効いているけれども、少量投与した群では全く効いていない。平均すると、あまり効いていなかった。だから駄目でしたと発表したのです。

しかし同年9月に、もう1回調べ直したら、大量投与の人はちゃんと効いているので、いいかもしれないと再発表しました。所詮、差があるかどうかのギリギリの線だったというのが本当のところで、何とか良い効果を発表したいという企業の姿勢が丸見えとなりました。