テロメアを節約すれば健康寿命が延びる

老化の進行と密接な関係にあるテロメアは、「命の回数券」とも呼ばれています。イギリスのニューカッスル大学と慶應義塾大学の共同研究チームが、100歳以上の長寿者とその直系子孫ら約1500人を対象に調査したところ、「100歳以上の長寿者はテロメアが長い」「長寿者やその家族では、実際の年齢が80歳代でも、テロメアは60歳代の平均値に匹敵する長さを保っている」ということがわかりました。

また、細胞分裂のたびに短くなるテロメアですが、テロメアを合成する「テロメラーゼ」と呼ばれる酵素に、短くなったテロメアを修復する働きがあることが突き止められています。その修復の働きの強いことを、「テロメラーゼ活性が高い」と表現します。

人間の細胞のイメージ
写真=iStock.com/luismmolina
※写真はイメージです

ただし、基本的にヒトの細胞の大半を占める体細胞は、テロメラーゼの活性がありません。一方、幹細胞はテロメラーゼ活性が比較的高く、周囲の体細胞が老化細胞になっていくなかで、自身のテロメアを修復・維持しながら、新しい細胞を供給してくれます。たとえば皮膚の線維芽細胞せんいがさいぼうは体細胞、真皮幹細胞は幹細胞の一種です。

そのことを知ると、「人為的に体内でのテロメラーゼ活性を高めてやれば、老化が防げるようになるのでは」と考える人が出てくるでしょう。すでに世の中には「テロメラーゼの活性」をうたったサプリメントが出回っています。しかし、事はそう簡単ではありません。

テロメアが短くなる速度は細胞によってバラツキがあり、すべての細胞でテロメラーゼが働くようにしても、テロメアの修復が一律に行われるのか疑わしいのです。たとえ一律に修復されても、何か不具合が起きないとも限りません。また、特定の部位の細胞だけテロメラーゼを活性化する技術は、まだ確立されていません。さらに、がん化のリスクもあり、安易にサプリメントに飛びつかないほうが賢明でしょう。

一方、老化細胞を取り除けば、老化細胞が引き起こすトラブルを防げるかもしれないという考えも成り立ちます。2021年に東京大学の研究グループが、老化細胞の生存には「GLS1」という遺伝子が必須であることを突き止め、GLS1を阻害する薬剤「GLS1阻害剤」を開発しました。

実際にマウスに投与すると、正常な細胞には影響を与えず、さまざまな組織や臓器における老化細胞が除去されました。その結果、肥満性糖尿病や動脈硬化が改善したり、筋力が維持されたりと、加齢に伴う現象が改善され、老化の治療の道筋が見えてきました。

しかし、老化細胞が除去されると、組織や臓器を構成している細胞の総数が減り、組織や臓器の本来の働きに支障が生じる恐れが出ます。それを防ごうと、体細胞は分裂して数を増やし、幹細胞も新しい細胞を補充するため分裂を繰り返して、除去された老化細胞の穴埋めを図るはず。分裂の回数が増えれば体細胞のテロメアは短くなり、幹細胞には強い負担がかかります。

つまり、老化細胞を除去することは、テロメアを激しく消耗する可能性があるわけです。ヒトに対する治療に実際に活用できるのか、判断を下すまでには、もう少し時間を要しそうです。

テロメアに関しては未知な領域が大きく、テロメラーゼが活性化していても細胞が老化することはあります。「テロメアの長さ=細胞の寿命の長さ」とは言い切れないのが現状なのです。

では、テロメアと老化、そしてヒトの寿命について、どう考えればいいのでしょうか。「テロメアは健康寿命の指標」と、私は捉えています。健康寿命とは、介護を必要とせずに、心身ともに健やかで自立して生活できる期間のことです。テロメアを適切に節約する生活を心がけて、継続することによって老化の進行を防ぐことができ、健康寿命を延ばせます。40代、50代で始めても遅くはありません。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年6月14日号)の一部を再編集したものです。

(構成=伊藤博之)
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