兄や父を超えたい
及川秋平(おいかわ・しゅうへい)さんは、岩手県立岩谷堂高等学校総合学科2年生。及川さんは将来何屋になりたいですか。
「国家公務員です。(「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」で)アメリカに行った際に、サンフランシスコ日本国総領事館の方とお会いする機会がありまして。外務省だけでなく、総務省や経産省から来ていらっしゃる方にもお会いして憧れを持ちました」
それまでは国家公務員という仕事は、頭の中になかった?
「わたしの父が岩手県庁で働いてまして、それを見てきたので、それまでは県の公務員になりたいなという漠然とした思いだけがありまして。父は教育委員会で仕事をしています。わたしは生徒会長をやっているんですが、生徒会担当の先生から降りてきたことを父に言ってみたら、『それは実は県から降りてる内容なんだよ』と言われたことがありまして」
勤め人の父親の仕事が、自分の生活と関わっていることを実感する機会を持つ高校生は少ないだろう。及川さんは例外的に、その「近しさ」を体験しているということだ。及川さん、総領事館の人のどこに憧れましたか。
「『何か成し遂げたいときは、努力と、譲れないもの、興味が大事だ』といったお話を伺いまして、やっぱりその通りだなと考えまして、では、自分の興味を達成できるものは何かと考えたときに、外務官になって、海外とのつながりを持つことではないかと」
海外とのつながりが及川さんの中で大事なキーワードなのであれば、商社マンでもいいのでは?
「そうですね、それでもいいんですが、やっぱり『国』っていうキーワードですか。父は県で働いていましたし、兄は一般の会社に勤めているんですが、兄や父を超えたいという気持ちがありまして。超えるためにはどうしたらいいかと考えて、やっぱり国という言葉を感じて働きたいと。わたしが物心ついたときは、父は花巻市の総合教育センターに勤めていました。その前は、農業と生物の先生でした。父は岩手大の農学部卒です」
ということは、及川さんの家には本があるわけですか。
「本は、多くあります。でもその多くは、わたしの祖父の本です。祖父はもう退職しましたけれど、農協に勤めていました。実家が農家です。それもあって父は農学部に進んだのかなと思います。兄は23歳で、弘前大学を出て、今、江刺の東京エレクトロンの研究者です」
半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンは、東北に拠点が多い。子会社の東京エレクトロン東北は1985(昭和60)年に奥州市江刺区に本社工場を開設。本社も仙台市泉区に仙台事業所を持つ。同社は宮城県民会館のネーミングライツも取得しており「東京エレクトロンホール宮城」という不思議な名称が誕生している。これは余談である。
及川さん、初任給っていくらぐらい要りますか。
「全然わかりません。16万円くらいですか? でも、東京に住むとなると、それだと足りないかも知れませんね。田舎の価値観で言ったら駄目ですね。ただ、兄の初任給が24万なので……」
取材後に人事院の「行政職俸給表」を調べてみると、2013(平成25)年度の国家公務員大卒総合職初任給は18万1200円だった。兄に勝ちたいという及川原則的には、兄の初任給を超えなくてはいけないのでしょうか。
「及川原則では、最初超えなくても、トータルで超えれば」
国家公務員試験は2012(平成24)年度からI種、II種、III種が廃止され、総合職(旧I種)と一般職(旧II種およびIII種)に再編されている。人事院が認めれば必ずしも必要ないのだが、通常は大卒資格が必要だ。
「最低限旧帝国大学は出なければいけないラインだと思います。その中で一番近いのが東北大学なので。総領事館の方とお話をしている中で『東北大学卒業の人もここに来ているよ』という話も伺いました」
今回の取材で初めて旧帝大という単語が出ました。ただ旧帝大も7つある(注:東京、京都、東北、九州、北海道、大阪、名古屋。さらに戦前は京城と台北があった)から、東北大学である必要はないですよね。
「そうですね。でも、やっぱり家に近い方が。西の方に行くと、おそらく盆正月に帰って来れないと思うんです。盆と正月は親戚がうちに一堂に会するので、そこには参加したいと」
若いんだから盆と正月帰って来なくてもいいという発想はない?
「ないです。なので、東北大学の経済学部を」
この段階で人生を狭めているとは感じませんか。
「思います」
あっ、思っているんですね。つまり何を訊きたいかというと、受験で東北大に落ちたらどうするのですか、ということです。
「そうですね。今は、山場だと思います」
及川さんはここまですべて真顔で語っている。ふざけた物言いは微塵もない。だが、話しているこちらを楽しい気持ちにさせる良き軽妙さを持っている。これは抽象的な問いを投げても答えてくれるだろうと判断し、こう訊いてみた。及川さん、国家公務員になるために、資格以外に必要なものは何ですか。
(明日に続く)