円安は人材の流出に拍車をかけることになりかねない
台湾の半導体大手TSMCが熊本・菊陽町に工場を建設したが、日本政府の巨額の補助金はもとより、日本の熟練度の高い人材を安く使えることが大きな要因になっている。TSMCの高卒や大卒新人の給与は熊本の平均を大幅に上回っており、優秀な人材はすべてTSMCに行ってしまうというボヤキが熊本の中小企業経営者から聞かれる。周囲のパート・アルバイトの時給も大幅に上昇した。それでも国際水準からすればまだまだ安い、ということになる。しかもさらに円安が進めば、人件費コストはさらに低下する。
東大卒など日本の優秀な若者が、財務省や日本の伝統的な一流企業ではなく外資系コンサルティング会社にこぞって就職するようになって久しい。就職する学生からすれば、日本の伝統的大企業に比べてはるかに高い初任給を得られることが大きな要因だが、外資系企業側からすれば、円安によって優秀な人材が国際水準よりもはるかに安い賃金で雇用できている。まさに「ヒト」もバーゲンセール状態なのだ。優秀な人材ほど日本で働いて「円」を稼ぐのではなく、「ドル」が稼げる海外に行く。円安はまさに人材の流出に拍車をかけることになりかねない。
日本株が本格的に下落した場合の最悪シナリオ
「カネ」も言うに及ばない。円が安くなることを懸念して、ドル建ての預金や外国株式に投資する人が増えている。政府が旗を振る新NISAでも結局は外貨建て投資が幅を利かせている。外貨投資が増えれば、これも当面は円安を加速させる。
さらに懸念されるのは、日本の株価が本格的に下落した場合だ。政府の円安政策が失敗に終わり、消費が大きく落ち込むことなどで、日本企業の業績が悪化に転じた場合、円安で通貨が劣化しているにもかかわらず、日本株が下落する可能性もある。海外での事業展開が進んでいる企業は「ドル」を稼ぐことができるが、日本市場が事業の中心である企業は劣化を続ける「円」でしか稼げず、しかも需要の低下から販売数量も落ち込み始めることになりかねない。そうなると、円安にもかかわらず株価が下落し始め、「企業」も今以上のバーゲンセールになりかねない。人材や資産を抱える伝統的企業ほど買収ターゲットになるかもしれない。
壊滅的な円安になれば、日本のヒト・モノ・カネ・企業が軒並み海外に買われていく。そろそろ円安を本気で止めないと、そんな最悪のシナリオが待っている。
デフレとインフレの大きな違いは、デフレは何も行動しなくても物価が下がれば実質購買力が上がって一見豊かになる。一方、インフレでは仮に金融資産を手元に持っていても、何も行動しなければどんどん目減りし、明らかに生活が苦しくなる。四半世紀にわたるデフレの中で、危機感を持たず行動しなくなった「茹でガエル」の結果が、今の円安の根本原因かもしれない。