数値目標の設定で救急車が来なくなった

1990年代初めに沸き起こった、「高い目標を設定して達成させようとする」という動きの影響を受けたのは、警察だけではなかった。国民保健サービスも、意欲的な目標をしょっちゅう与えられた。そうして、職員たちは目標を達成するために業務のやり方を変えなければならなくなり、その結果、支障が生じることになった。

2010年代の初めに政府が掲げた、「予約から診療まで、かかりつけ医の待ち時間を短縮する」という目標は、その達成のために診療所が当日の予約制に切り替えるという、意図せぬ結果をもたらした。

つまり、「予約から48時間以内に診察しなければならない」のなら、それより前から予約を受けつけるなんてまったくばかげている、ということだ。だがそれは、診察を受けたい人にとっては、予約を確保するために当日の朝、2時間も電話をかけつづけなければならないという困った事態となった。

また、「救急車は呼ばれてから8分以内に到着する」という目標が設定されたとき、一部の救急サービスでは次々に入る出動要請により速く対応するために、救急隊員をバイクや自転車で向かわせた。ところが、病院に搬送する必要があると判断された患者の場合、バイクで運ぶのはとうてい無理なことから、待ち時間がかえって長くなるという結果となってしまった。

ジョージナ・スタージ(尼丁千津子訳)『ヤバい統計』(集英社)
ジョージナ・スタージ(尼丁千津子訳)『ヤバい統計』(集英社)

目標に到達するために、こういったかたちでうまく立ち回ろうとするのは、チーム精神に欠けているように思えるかもしれない。だが、声を大にして言いたいのは、当の本人たちは必ずしも望んでやっているわけではないということだ。

たとえば、地方のかかりつけ医の診療所で、目標を達成できなければ診療所自体が閉鎖に追い込まれかねなかったり、「ひどい」実績を理由に人員の解雇や削減を命じられる恐れがあったりした場合、「どんな手を使ってでも、目標を達成するしかない」と職員たちは思うのではないだろうか。

また、警察官にとっても、同僚の警察官が事件を「犯罪ではない」と処理することによってよい評価を得ていれば、自分一人だけ「カフィング」に反対し、同様の事件でほんの少しでも犯罪の匂いがしたら律儀に「犯罪」と記録することの利点が見つからない。

目標達成のための「報奨」もまたデータを歪める

公共政策上の問題解決を推進するために、報奨を出す策を政府が実施したくなるのは当然のことかもしれない。だが、19世紀末に英国政府がインドにおいていた総督府は、毒蛇のコブラを捕まえて殺処分すれば報奨金を支払うと約束したことによって、「コブラ繁殖」という新たなビジネスを誕生させるはめになってしまったという。

繁殖業者たちはコブラを手押し車に山のように積んで、報奨金をもらいにきた。しかも、それが原因でコブラの数が大幅に増えてしまい、住民たちはいっそう深刻な危険にさらされることになってしまったのだった。

報奨が意図せぬ行動を起こさせてしまう事態は、不運な結果に終わったこの話にちなんで「コブラ効果」と呼ばれている。ここまで見てきたとおり、データを特定の方法で記録するよう人々に求めることによっても、この効果が生じる場合があるのだ。

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