中国のIT産業は壊滅的な打撃を受ける
【熊谷】私が見ていて残念なのは2005年のデモと10年のデモ、そして今回と、新聞をめくればわかるが、実は同じようなことを繰り返している。日本の右往左往ぶりも、お互いのやり取りも、メディアの報道の仕方も、全くの相似形だ。お互いに、相手の国民性や何をすれば心の琴線に触れるのか、それを踏まえたうえで付き合うのが絶対条件だと思う。私は尖閣が間違いなく日本の領土であると確信しているが、相手には相手の理屈がある。お互いに譲れないところがあるから、そこを水掛け論でやってもしょうがない。原理原則は貫くけれど、様々な民間や外交のルートを使って根回しをする必要がある。今、中国も拳を振り上げて、それを下ろす口実を探している状態だと思う。
【富坂】おっしゃる通りで、後ろにある厄介な“もの”を取り除いたら、中国共産党はある程度、合理的な判断ができると思う。やはり、中国から日本経済をズボッと抜いたら、ダメージは大きい。それに中国が耐えられるかと言えば、すごく難しいと思う。
【熊谷】日中経済は相互依存関係にあるので、お互いにデメリットがあると思う。例えば、日本のデメリットでいうと、今中国向けの輸出は年間で約12兆円。いろんな波及効果があって、もし1カ月間止まったとすると国内生産が約2.2兆円落ちる。現地法人の売り上げも商社を除いて約20兆円ある。これも1カ月止まると1.7兆円ぐらい減る。訪日の中国人が、震災前のピークで年間141万人いたので、これが半減すると波及効果も含め約2200億円、国内生産が落ちる。他方、中国も、日本から中国への輸出品でトップが半導体などの電子部品。2番目が自動車部品。3番目が鉄鋼。いずれも中国はそれらを使って最終製品を組み立てて輸出する、三角貿易のような形になっている。さらに直接投資の問題がある。中国は世界中から残高ベースで144兆円の直接投資を受け入れている。直接投資が止まったときのマイナスの影響は計り知れない。
【宋】さっきからお話を聞いていると、若干中国サイドの議論とずれている。例えば部品の輸入、これは全部日本車用の輸入です。鉄鋼について言えば、日本の自動車メーカーは新日鉄しか使わない。だから自動車部品がストップするのは、全部日系企業だ。日系企業は、中国のベンツの生産ラインや中国の国産車に部品供給をしてない。中国政府は、数カ月前からシミュレーションをしていた。今回の場合、戦争はありえないが、経済カードはあると判断した。日本の部品、特に日本のハイクオリティの重要部品を使った輸出はストップする。それから日系工場に勤めている人間たちの雇用が難しくなる。日中の交流もストップすると。経済カードを切ることで、そんな痛みを引き起こしていいのかと。それでも戦争よりはいいだろうと考えている。中長期的にはわからないが、短期的には日本の被害は我々の何倍もあると冷静に計算したはずだ。日本はその見返りの覚悟をしたうえで火をつけたのかと言いたい。
【熊谷】日本の電子部品が輸入できなくなると、中国のIT産業は壊滅的な打撃を受ける。自動車についても、日本製のエンジン周りの部品などが必要だ。
今回中国は過去と比べると経済カードを、例えばレアアースを止めることなどをやらずに、少し抑制的に切っていると思う。それは経済の相互依存関係に加え、直接投資がこなくなることを懸念したからだ。ウォール・ストリート・ジャーナルが今回の一連の問題で中国が代償を払うことになると指摘したため、国際世論にも配慮したのだろう。
さらに、今回はデモではなく完全に略奪行為であった。例えば11年にイギリスでデモがあったけれど、あのときは被告が1300人出廷し、ペットボトルの水を盗んだ学生が禁固6カ月の刑を受けている。それに比べて今回は、数万円もするマオタイ酒がどんどん持ち去られており、法治国家という点でも懸念が生じたことで、中国政府もまずいと思ったのではないか。
【宋】破壊活動を行う、程度の低い連中が中国にいることは事実だが、我々も彼らは相手にしない。私は中国で10社ほど日系企業にアドバイスをしているから、駐在している日本人ビジネスマンの苦しみはわかる。自分たちは日本から来たお客さんだが、中国の領土で、中国人に買ってもらう立場だから、気を使うと思う。しかし、それが嫌なら帰ればいい。
今、日本が中国と同じレベルになったら、私はすぐに中国へ帰ります。日本は先進国であり法治国家だから、それに相応しい態度を取るのは当然だと思う。ところが中国は途上国で、ある意味法治国家とも言えないことは、以前から知っていたはず。私たちビジネスマンは、海外の国に、呼ばれて行くわけではない。殺されてもいいぐらいの覚悟で行く。何十年もチャイナリスクを言いながら進出しているのに、そのリスクを自分で背負わずにブーブー文句を言うなら、最初から出ていくなと言いたい。