川勝知事は「県民」の方を向いていた

静岡県の川勝平太知事がついに辞表を提出した。これまでも何度も「失言」問題が取り上げられたが、結局、「失言」によって足元をすくわれた。県民の高い支持で4回の選挙を勝ち抜いたが、政党には所属せず、特定の支持母体や後援組織も持たない。最後まで政治的な振る舞いができない「学者知事」だった。

では川勝知事は誰を向いて県の行政を引っ張ってきたのか。これは間違いなく「県民」だった。退任を表明した後の記者会見で、自らの発言が大きな批判を受けていることについて「県民は関係ない。私の言動のせいで静岡県がきびしいことをいわれるのはつらい」と語っていたが、本心に違いない。その上で、辞任する理由についてこう述べている。

「やるべき仕事は、県民に付託受けたリニア問題。モニタリング会議で最低10年以上かかることが分かったので、これでめどがついた」

退職届を提出し、記者会見する静岡県の川勝平太知事=2024年4月10日、静岡市
写真=時事通信フォト
退職届を提出し、記者会見する静岡県の川勝平太知事=2024年4月10日、静岡市

川勝知事といえば、リニアの静岡工区にひとり反対し、リニア開業を遅らせている意固地な知事という印象が強い。特に直接工事について関係のない首都圏などの読者はそう感じているだろう。では、今回の辞任で、リニアが一気に開業に向けて前進するのか、というとそうとは言えない。なぜか。静岡県民の中に根強い反対があるからだ。

静岡県にデメリットはあってもメリットはない

リニアは山梨県と長野県の間を結ぶ全長25キロの南アルプストンネルが静岡県内を8.9キロ通過する。もちろん、そこには駅はないので、静岡県には何のメリットもない。一方で、トンネルの位置は大井川の源流に当たり、工事によって大井川の水量が少なくなれば流域の茶農家などに影響が出る恐れがあると静岡県や関係市町は危機感を強めていた。南アルプスの生態系への影響や、工事で発生した残土の処理置き場の問題も川勝知事が頑なな姿勢をとっていた理由だ。つまり、リニア建設は静岡県にデメリットはあっても、メリットはない代物なのだ。

もともと川勝氏は知事就任以前から高速鉄道網の整備には前向きだった。国土庁の審議会の委員なども務め、当時反対論が多かった整備新幹線の早期着工を主張していた。学者時代にはJR東海の葛西敬之会長の肝入りで設置された「地球学フォーラム」の副座長を務めるなどJR東海とは親密だった。JR東海でリニア推進の責任者を務める「敵」の宇野護副社長とは、彼が広報部長だった頃からの知り合いだ。当時、リニア実験線の試乗もしている。川勝知事は当初はリニアの大推進派だったのだ。