父親のデイサービスを拒否する母親

ようやく父親が介護認定調査を受けたが、今度は母親が父親のデイサービス利用を拒否しはじめた。「うちのお父さん、ウンコを漏らすから無理よ」。世間に身内の恥をさらしたくない。そんな心境だったのだろう。そこに訪問した地域包括支援センターの“オムツ”担当者Mさんは、母親を根気よく説得してくれた。

「ウンコはみんな漏らすよ。デイサービスの日に下剤飲ませて送り出す家族もいるんだよ。デイでウンコして帰ってきてもらったほうが楽だもんね」
「漏らすのが心配ならば、お母さんのやる事はひとつ。バッグに、ズボンと股引ももひきを1枚多く入れる! それで大丈夫!」

その数日後、犬塚さんがデイサービスの見学に行くと言っても、母親は引き止めなかった。犬塚さんはMさんに心から感謝した。

そうしてデイサービスに通い始めた父親は、思いのほかデイサービスが気に入った模様。

「行政のサービスが充実していない時代を生きてきた母たちは、『人さまに迷惑をかけてはいけない』と信じて育ち、どんなときも自分たちで何とか家を守って来た世代なのだと思います。それを急に『頼れ』と言われても、急に変えられないですよね。認知症になり、自分の糞尿の始末すらできなくなった夫が、外で迷惑をかけるのも気が引ける。そして何より、よそ様から疎まれ、笑われ、厄介者扱いされるのではないかと思うと、何とも哀れで仕方なかったのでしょう。いくら夫婦仲が悪くともやっぱり家族。母なりに父を守っていたのでしょうね……」

寝具から突き出た男の手
写真=iStock.com/liebre
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両親のダブル介護でやむなく介護離職

2017年5月。87歳の父親は要介護4に。84歳の母親は7月に初めて介護認定を受け、要介護1だった。母親は転倒を繰り返すようになり、2月に圧迫骨折をしてしまった。

都内で働いていた犬塚さんだったが、母親が圧迫骨折したことで両親のダブル介護に突入し、やむなく介護離職を決める。

この頃の犬塚さんは、介護生活の中で最も多忙な時を過ごしていた。夜明け前の朝4〜5時頃、父親のオムツ替えで起き、また少し寝て、7〜8時頃に父親を起こし、オムツ替えと着替え。両親に朝食を食べさせた後、洗濯し、9〜10時頃、圧迫骨折した母親を車椅子に乗せ、近所の接骨院に置いてくる。

急いで帰り、父親の様子を見ながら洗濯物を干し、接骨院から電話が来たら母親を迎えに行く。

12時頃に昼食を用意し、食べさせ、14時頃、2人が昼寝をし始めたのを見届けてから買い物に。この間にわずかだが自由時間が取れる日もあった。

16〜17時頃、昼寝から起きた父親のオムツを替え、夕食を用意。夕食を食べさせ、食後2人がテレビを見ている間に、洗い物や布団敷き、湯たんぽの用意などをして、21〜22時、父親をお風呂に入れ、見守り。出たら乾燥肌用クリームを塗り、夜用オムツをセットし、パジャマを着せて寝かせる。

その後、母親が入浴中に、ゴミの処理、簡単な掃除、猫の世話などして、母親が出たら、自分が入浴。2時頃就寝する……という生活をしていた。

「穏やかに時間が流れる日ばかりではなく、トイレや衣服を汚され、掃除・洗濯を繰り返すことに時間が取られることも多かったです。父は就寝中の尿が大量だったので、夜中や朝方に尿漏れが広がり、上下全部を着替えさせることも……。着替えさせようにも、嫌がって騒ぎ、すると母が起きてしまって騒ぎ出し……となり、私の睡眠時間が削られることもよくありました。こうして振り返ってみると、小さな子どものいるお母さんのような生活ですね」

2017年の夏頃、今度は父親が家の中で転倒し、十二胸椎を圧迫骨折。父親は入院が決まる。

そのときすでに要介護4だったこともあり、病院の担当者会議で、

「リハビリ病院に移った後、入院期限である3カ月間で在宅生活に戻れるほど回復しない場合に備え、老健などの施設をあたってみてはどうか」

とアドバイスされる。

すぐに父親がデイサービスで通っていた老健に空きが出ることがわかり、入院期限の3カ月後に入所する流れになった。

「『家に戻してあげたら喜ぶだろうな』という気持ちもわきましたが、古い一軒家でのダブル介護。誰の目から見ても、このタイミングで父を入所させたほうがいいと……。時期が来たのだと、素直に思うことができました」