「失われた」空気の共有

バブル崩壊に始まり、政治改革とその挫折、1995年の阪神大震災とオウム真理教事件、そして金融危機に至るまで、1990年代の日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の自信を失って余りあるほど、立て続けにショックに見舞われた。

朝日新聞は2000年の大晦日の朝刊で「失われた10年」が、海外のメディアによって、1996、97年ごろから使われ始めたと指摘している(*2)。英国のフィナンシャル・タイムズを筆頭に、90年代の日本の経済成長率が低く、その間に投資と雇用の機会を失っていたために、「失われた10年」と言われるようになったのだという。

ここで重要なのは、「失われた」と「言われた」ところである。日本の外から見て、経済大国の地位を剥奪されているように映っていたのである。日本という国や、その国民が、進んで「失った」のでも、そう「言った」のでもない。なすすべなく、ただただ、されるがまま、そのように見えていたのである。

はためく日本の国旗
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そこに「プロジェクトX」が合致したのではなかったか。

「失われた」ものを、もともと「得た」時代があったに違いない。「日本が戦後の焼け野原から先進国の仲間入りを果たすまでの物語」には、必ず「失われた」何かの元を「生み出していた」はずである。そんな、うっすらとした期待や願望、夢に、「プロジェクトX」がハマったのである。

*2船橋洋一「@tokyo 『失われた10年』考える」「朝日新聞」2000年12月31日朝刊

賛否が渦巻く「みんなが知っている物語」

番組をもとにした『プロジェクトX リーダーたちの言葉』は、プロデューサーを務めた今井彰氏の著作として刊行されベストセラーになった。今井氏は、全国各地で講演会に引く手あまたとなり、率いたスタッフとして菊池寛賞(第49回)の栄誉にも輝くなど、彼自身が「リーダー」のひとりになったようだった。

他方で、番組で扱われた企業から最高3150万円の協賛金を集めたイベントについては国会で質問の対象となったり、取材対象からの抗議を受けて過剰演出について謝罪に追い込まれたりした。熱く広い支持を集めた番組にもかかわらず、テレビ番組の改編期である3月末ではなく、2005年12月末で幕を閉じた背景には、こうした経緯もあったのだろう。

毀誉褒貶は、それだけではない。

「過去を過大に美化しているオジサンたち」が大好きな番組だとして揶揄されたのは、番組終了から8年も過ぎた2013年だった(*3)。逆に、その前年には、朝日新聞の看板コラム「天声人語」が「かつての『プロジェクトX』のような教養系にこそ、お金と人を割いてほしい(*4)」とNHKに要望している。

世の中に認められたのか、それとも、不祥事にまみれて打ち切られたのか。過去礼賛なのか、教養を育むのか。「プロジェクトX」への評価は揺れてきたし、それほどまでに有名で、今もなお多くの人の記憶に残っている。

ここに、今こそ「プロジェクトX」が帰ってくる理由がある。「プロジェクトX」は多くの日本人が一家言ある「みんなが知っている物語」だからこそ、新シリーズを始めるのではないか。

*3東レ経済研究所経済部長 渥美由喜氏のコメント(『AERA』2013年9月2日号)
*4「朝日新聞」2012年10月4日朝刊