引き継ぎをしないまま失踪した場合の「損害」とは

(1)業務放棄について

裁判所は以下の通り判断して、労働者には適切な引き継ぎ義務があり、それを怠った場合は損害賠償義務を負うと判断しました。ここまで詳細に明確に判断したものは珍しく、今後の実務に参考になると思われます。

(判決文より)
「被控訴人は,平成25年12月29日,控訴人代表者らに対し自己の担当業務に関する何らの引き継ぎもしないまま突然失踪し,以後,控訴人の業務を全く行わず,控訴人に何らの連絡もしなかったのであるから,このような被控訴人の行為が,控訴人との雇用契約に基づく上記労務提供義務及び誠実義務(労務の提供を停止するに当たって,所定の手順を踏み,適切な引き継ぎを行う義務)に違反し,債務不履行を構成することは明らかであり,被控訴人は,これによって控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う」
(2)損害について

① 外注費用1について

ソフトウェア開発会社はこのプログラマーが突然失踪したことにより、200万円の外注費用を支出したことが損害に当たると請求しました。

しかし、裁判所は、ソフトウェア開発会社は、プログラマーに支払うはずであった賃金を支払っていないので、外注費からプログラマーに支払うはずであった賃金2カ月分(160万円)を控除するべきであるので、損害は200万-160万円=40万円となると判断しました。

誰もいないオフィス
写真=iStock.com/Portra
※写真はイメージです

会社側の損害額は480万円と認定された

② 外注費用2について

ソフトウェア開発会社はプログラマーが突然失踪したことにより、300万円の外注費用を支出したことが損害に当たると請求しました。

しかし、裁判所は、ソフトウェア開発会社は、プログラマーに支払うはずであった賃金を支払っていないので、外注費からプログラマーに支払うはずであった賃金2カ月分(160万円)を控除するべきであるので、損害は300万-160万円=140万円となると判断しました。

③ 失注額について

ソフトウェア開発会社は、プログラマーが突然失踪したことにより失注した4496万6875円が損害に当たると請求しました。

しかし、会社の実質的な損害は粗利部分であることから、失注額に対する利益率35%(4496万6875円×35%=1573万8406円)が逸失利益となり、かつプログラマーのみに負担が偏りバックアップ体制が十分ではなかったこと、ソフトウェア開発会社代表者のプログラマーに対する指導が幾分適切ではなかったことから、逸失利益の2割程度に当たる300万円を損害と認めるべきであると判断しました。

④ 損害合計

裁判所は、結論として、プログラマーの債務不履行による損害額は、480万円の限度でこれを認めるのが相当であると判断しました。

外注費用1・2からそれぞれ差し引いた2カ月分の賃金相当額ですが、裁判所がなぜ2カ月分と判断したのかは判決文からは判然としませんし、失注額の逸失利益の2割を損害と認めた点についても、なぜ2割なのかが分かりません。しかし、突然のバックレ退職を理由に、これだけの損害額を認める可能性があるということになります。