保留音が続き、そして……
「羊水検査で18トリソミーと確定して、横隔膜ヘルニアと心奇形があります。母親は仕事が忙しくて近くの日赤への転院を希望しているんです。受け入れてくれますでしょうか? はい、はい、ちょっと待ってます」
受話器からは保留音が聞こえてきた。
笑は身を固くしてその保留音を聞いた。心臓がドキドキするのが分かった。
思ったより早く保留音が止まった。
「そうですか。それでは紹介状を書いて母親に渡しておきますので、よろしくお願いします」
これでやっと出産する病院が決まり、笑はホッとした。重症の赤ちゃんをすぐさま受け入れてくれるのは、日赤にそれだけの実力と経験のある証しかもしれない。また、X病院の産科の責任者が直に電話してくれたことも、すぐに引き受けてくれたことに影響したのかもしれない。
いずれにしても自分は幸運だと思った。生まれてから赤ちゃんを日赤に搬送するなんてたぶんできないはずだ。生まれる前に日赤へ行けることになって、笑はまず一つ親としての義務を果たした気持ちになった。
電話を切ると医師は電子カルテに向かって紹介状の文章を入力し始めた。笑は当初、出産する病院を愛育病院と日赤医療センターの二つで迷って愛育病院に決めた。今は日赤医療センターが唯一の希望になっている。それを考えると少し複雑な気持ちだった。
紹介状を受け取り、笑はX病院をあとにした。
ちゃんと説明してほしかった
その夜、笑は航と共に、病院からもらった羊水検査の結果の書類をテーブルに広げていた。何十枚もあってそのほとんどが英語だった。医師からは「18トリソミーで確定です」の一言があったのみで、この英文については何の説明もなかった。今さら翻訳して読んだところで18トリソミーの事実は変わらない。二人は読む気も起こらなかった。
検査結果には日本語の書類も入っていた。18トリソミーの一般的な説明が書かれており、その中にこういう一文があった。
「羊水検査を受けて18トリソミーと確定した場合、出産までに67.5%が流死産に終わると言われています」
分かってはいたことだったが、かなりの確率の高さに笑はショックを受けた。こういう大事なことを何で医師は説明してくれないのだろう。「ちゃんと説明してほしかったね」と笑は航につぶやいた。
お腹の中の赤ちゃんはいつ心臓が止まるか分からない。それを考えると笑は怖かった。子どもの死に怯えながら妊婦はどうやって生きていけというのだろうか。でも、笑は前向きに気持ちを切り替えた。これが現実なので仕方ない。絶対に諦めない。
「なんとかがんばって生まれてきてね」
笑はお腹に向かって言葉をかけた。