診察時間は長ければ長いほどいいのか。小児科医の松永正訓さんは「医療で一番大事なのは診断である。早く、的確に診断して、処方できるのはいい医者だ。私はそのために準備しているものがある」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、松永正訓『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

医師が診察するイメージ
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電子カルテは小さなクリニックでも300万円以上かかる

さて、最後の買い物は電子カルテである。ぼくより若い開業医で紙カルテを使っている医者はまずいないだろう。紙カルテで診療すると、カルテを保管する広大なスペースが必要になる。しかし紙は安い。1枚1円もしない。あとはボールペンがあればOKだ。一方、電子カルテは、うちのような小さなクリニックでも300万円以上もかかる。なぜ、電子カルテが必要になるのだろうか。

まずは、カルテに記載するスピードが全然違う。電子カルテの場合、患者の症状別に「ひな型」を作ってパソコンの中に入れておく。たとえば、「感冒」とか、「嘔吐おうと・下痢」とか、「湿疹」とかである。そしてすべての質問項目と、得られた所見をチェックボックスやプルダウンメニューにしておくのである。つまり文字を書かない。そのためには、ひな型を自分で作成しなければならない。

業者から電子カルテを購入するとデフォルトで、患者の所見を書き込める画面がパソコン内に入っている。だがそういうデフォルトでは、自分の思い通りの診療はできない。要は、電子カルテを「買う」だけではダメで、中身を自分で「作る」のだ。ぼくは開業の前に何カ月もかけてひな型を作ることに精力を注いだ。

ひな型を作ることはカルテの記入のスピードを上げることだけに役立つわけではない。たとえば、「不明熱」というひな型を作るとする。不明熱とは、風邪症状がないのに熱だけが何日も続く状態だ。原因は様々でそれを追求していかなくてはならない。

このひな型があれば川崎病を見逃すことはない

そのひな型には、以下のような項目を作っておく。

・発熱期間(いつから)
頸部けいぶリンパ節腫脹しゅちょう(あり・なし)
・眼球結膜の充血(あり・なし)
・手掌の紅斑と腫脹(あり・なし)
・口唇の紅潮やいちご舌(あり・なし)
・体の発疹(あり・なし)

これらの症状は何を意味するか分かるだろうか。これらの6項目のうち5項目以上が「あり」ならば、その子は川崎病である。川崎病とは現在でも原因は不明で、全身の血管に炎症が起きる病気。心臓の冠動脈に動脈りゅうを作ることがあるので、命にかかわる。4項目でも精密検査が必要である。こうしたひな型を作っておけば、否が応でも全項目を埋めていかなければならないので、川崎病を見逃すことがなくなる。実際ぼくは、開業して17年で川崎病を見逃したケースは一度もない(川崎病を疑って大学病院に患者を送ったけれど、川崎病ではなかったことはある)。

これは一例だが、ひな型にあるチェック項目をしっかり埋めていけば、ついうっかり悪い病気を見逃す可能性が大きく減る。これが電子カルテと紙カルテの大きな違いだ。つまりカルテの果たす役割が根本的に異なっている。こういう部分は患者側からは見えないが、実は医者がどういう電子カルテを作っているかでそのクリニックの医療レベルが決まっていたりする。