日本企業はキャッシュをため込む一方、投資が消極的になってきている傾向にある。その理由は何か。マクロ経済統計の分析から筆者は解き明かす。
日本企業はなぜキャッシュをためるか
マクロ経済統計を見ると、日本企業の投資が消極的になってきているのではないかと感じることがある。特定の企業を見ると、必要な投資はタイムリーに行われているように思うのだが、マクロの統計には、国内での投資の低調さをうかがわせるような数字が散見される。今回は、このマクロの数字を見ながら、日本の産業構造の変化と国際競争力について考えることにしよう。投資の低調さは、日本銀行が発表している資金循環統計に表れている。この統計を見れば、企業部門で資金余剰が生じていることがわかる。企業が積極的に投資をしていたらこんなことにはならないはずだ。企業は投資をする代わりにお金を手元にため込んでいるのだ。
こうなる以前から日本の企業は手元にキャッシュをため込む傾向があるといわれてきた。高度成長期にも、日本の優良企業は潤沢な余資を持っていた。潤沢な余資を持つ企業こそ優良企業だという社会常識すらあった。優良企業がトヨタ銀行、松下バンクなどと呼ばれていた時代でもあった。
日本企業の資金余剰が大きくなるのはなぜか。専門家の間に定説があるわけではないが、その最大の理由として、企業経営者のリスク回避性向をあげることができるのではないかと私はみている。
日本の企業は多様な利害関係者と長期取引の約束をしている。従業員とは終身雇用の約束をしているし、顧客とは長期供給の約束をしている。サプライヤーとの間には、長期調達の約束がある。これらの約束は、文書化された契約になっているわけではない。文書化されていないから、「心理的契約」あるいは「書かれざる契約」と呼ばれることもある。文書にはなっていないが、長年にわたって遵守されてきた。これらの約束を遵守できない企業は、信頼できない企業とみなされてきた。これらの約束を守るためには、企業の存続を図ることが必要だ。そのためには、経営に余裕を持たせておくことが必要だ。この余裕を生み出す手段は2つある。1つは毎期、毎期の利益である。利益は経営の余裕のバロメーターである。もう1つが余資の積み増しである。潤沢な余資は経営の安定化の重要な手段だと考えられてきた。日本企業の利益率は低かった。それを補っていたのが、手元の余資だったといえるかもしれない。