2018年インターナショナル・ビアカップで銀賞を受賞
シクロのクラフトビール事業にとっての大きな転機は、2018年に開催されたインターナショナル・ビアカップだった。
ここで同社のクラフトビール「新世界ニューロマンサービール」が銀賞を受賞したのである。
これをきっかけに、メディアに取り上げられることも増えた。
利用者もまたこの受賞を喜び、自分の仕事について自信を深めた。
「自分は社会に認められたクラフトビールを売っているんだ」「今はもう生活保護だけに頼って生きているわけじゃない」「社会の中で必要としてもらっている」「酒の知識を活かすことができている」……。そう考えられるようになったことで、自尊感情を膨らましたのだ。
そんな利用者の中には、自分がメディアのニュースに載ったことで、何十年も連絡を取っていなかった家族のところに電話をかけることができるようになった者もいるらしい。
タンクを7倍にして、缶ビール製造も始める
山﨑氏は言う。
「最近は、クラフトビールの製造を主導している職員たちの意識もだいぶ変わってきました。彼らは職人気質なので、いわゆる王道のビールしか造りたがらなかったのですが、利用者さんたちの意見を聞いたり、働き方を見たりしているうちに、現場のニーズに合わせていろんな種類のクラフトビールを造るようになった。それだけ視野が広くなり、様々な人の意見に耳を傾けられるようになったのでしょう」
受賞した「新世界ニューロマンサービール」は、乳製品などに含まれる糖を加えてまろやかにし、そこにバナナやモモを組み合わせたものだ。ミルクやフルーツの香りと共に、ビール特有の苦みが口の中で広がる。職場を取り巻くいい雰囲気が、こうした味に結実しているのだろう。
山﨑氏はつづける。
「今、醸造所の上にコレクティブハウスの建設をしているんです。シェアハウスみたいな感じで、個室が14部屋あって、誰もが使える共同部屋なんかもできます。醸造所に出入りする人たちが利用することで、距離が縮まり、仕事に愛着を抱けるようになることもあるかもしれません。介護する人と、介護される人とを区別するのではなく、いろんな人たちがここで生きがいを見つけられるようにしていきたいと思います」
シクロでは、2020年の末に、もう一つ醸造所を完成させ、これまでの7倍もの規模のタンクを置いて、缶ビールを製造できる機械を導入するという。収益を増やせば、従業員たちの生活の向上にもつながる。
西成の片隅で生まれた魔法のクラフトビール。その力はまだまだ天井知らずだ。