遺体の指はゴミとして捨てることができない

その中には、警察が忘れていった指が残されていた。遺体の指は業者が勝手にゴミとして捨てることができないので、警察に連絡をして持っていってもらうことにした。

気が遠くなるような仕事だが、特殊清掃業者の従業員だからといって誰もがこうした現場に対応できるわけではない。

酒本氏は現場に社員を派遣する場合は、事前に状況を詳しく説明し、できるかどうかを確認するそうだ。悲惨な光景に慣れない人は、いくらやっても慣れないらしい。

酒本氏はなぜ、この仕事をつづけられるのか。彼はこう答えた。

「困っている人がいて、自分がその手助けをできるならやりたいという気持ちが一番です。仕事というのもありますが、やはり人の力になりたいという気持ちがあるから、できているのだと思います。故人だって浴槽で亡くなりたくて亡くなったわけじゃありませんし、親族だって自分一人で片付けたくても片付けられない。それなら僕が代わりに行うことで、みなさんの役に立ちたいのです」

死後のことを考えておくことが重要

人のためになる仕事をしたい。そんな酒本氏にとって、遺品整理や特殊清掃の仕事は自分を必要としてもらえる場であり、自分を役立てられる場なのだ。

石井光太『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)
石井光太『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)

酒本氏はつづける。

「僕としては、誰もが一度は人生の終わりの光景を想像しておくべきだと思っています。特に中高年はそうです。遺品をどうするのか、ペットをどうするのか、仕事の処理を誰に頼むのか、その費用をどうするのか。きちんと自分の死後のことを考え、やるべきことをやっておきさえすれば、周りの人はつらい思いをしなくて済むのです」

人は他者によって生かされている。だからこそ、自分が死んだら終わりではなく、死後に周りの人たちに負担をかけないように、できることをしておくことが大切なのだ。遺品整理や特殊清掃の現場に身を置いているからこそ、酒本氏の言葉が重く響く。

インタビューが終了した後、私は酒本氏を食事に誘おうと思っていた。

だが、彼は急いで作業着の上にコートを羽織って言った。

「これから遺品整理の仕事が1件あるんです。今から行ってきます」

今日も深い悲しみをたたえた現場が酒本氏を待っているのだ。

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