「性行為は楽しくない」と書いた松平定信だが子孫は繁栄
一方の松平定信だが、本人の申告によれば、性欲に乏しく、性行為自体に興味がなかった――らしい。曰く。「房事なども子孫ふやさんとおもへばこそ行ふ。かならずその情慾にたへがたきなどの事はおぼえ侍らず。そのうへ平日これぞうれしきこれぞたのしきとおもふ事はなし」(かなり意訳すると「性行為は子孫繁栄のためだけに行っている。性欲が高まって抑えきれないということもないし、快楽を覚えたこともない」)と述懐している。
従兄弟の家治もそっち方面では淡泊で、跡継ぎが生まれると側室のもとにパタッと通わなくなったというから、これは遺伝なのかもしれない。
不承不承だったのか、性行為に励んだおかげで、松平定信は2男6女に恵まれた。あの真田家に養子に行った次男・真田幸貫は外様大名ながら父の威名で老中に登用され、孫の板倉勝静、諏訪忠誠、内藤信思も老中。松平近説、土岐頼之は若年寄と、まぁそろって出世しているのだ。
この人が祖父・吉宗くらいとは言わないまでも、せめて従兄弟の一橋徳川治済くらいの謀略家だったら、将軍になれたのかもしれないが、子孫が幕閣で栄達しているのを見るにつけ、かえって将軍にならなかった方がよかったのかもしれない。