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「2:6:2」に分かれる「働きアリの法則」

それは近い血縁集団どころか、あかの他人の集まりである。自分がやらなくても誰かが代わりにやってくれるからよいであるとか、自分の手柄をどうぞと誰かに譲ってやる、などという論理は通用しなくなってしまう。

アリを見習おう、会社の中にもさぼっている奴がいてもいいじゃないか、と呑気に構えていると、リストラの対象にされてしまうのがオチだ。残念ながらアリでわかったことは人間には当てはまらなかったのである。

ちなみに、ある程度の数の人間が集まっていると、必ず「あいつはできないやつだ」などと烙印を押される人物がいる。だが、その人は「できない」のではなく、「向いていない」だけなのだ。何か向いているものがある。それを周囲が見つけてあげればいいのである。

ともあれ、アリと人間の社会の比較についてここで諦めるのはまだ早いのかもしれない。

あかの他人が大勢集まり、会社で働くというような労働の形はつい最近になって登場したものだからだ。

農業や漁業などは今でも、家族や近い親戚どうしで行なうことが多い。こういうふうに、労働の単位が昔ながらの血縁を軸としたものに回帰すれば、アリ的要素が入りこむ余地があるのではないだろうか。

日本は食料の自給率が低く、戦争などで世界経済が混乱したなら、いったいどういうことになるだろう。そこで食料の自給率を高めることが急がれる。そのために、かつてのような農林水産業の国に戻るとするなら、家族や親戚で働くことが多くなるだろう。

私はこういう時代が来ることを本気で待ち望んでいる。

額に汗して労働する。周りからの評価など気にせず、ただ働けばよい。働く気になれないときには、無理せず休む。だからと言ってそれをとやかく言う者はいない。なぜなら周りは血縁者なのだから。

今の時代に我々が働くうえで強いストレスを感ずるのは、周りが他人だからである。うつ病や引きこもり、ニートと言った問題は、周りの他人からのあまりにも厳しいプレッシャーに適応できないことに端を発していると思うのである。

アリでわかったことの本質。それは、我々も血縁集団で暮らし、働けばよい、そうすれば、ゆとりも生まれてくるだろうし、ストレスに悩まされずに済む……そういうことではないだろうか?

エッセイスト 竹内久美子
1956年、愛知県生まれ。京都大学理学部卒業後、同大学院に進み、博士課程を経て著述業に。専攻は動物行動学。著書に『そんなバカな!』(第8回講談社出版文化賞「科学出版賞」受賞)などがある。