さすがにやめようとは思わなかったのか。そう尋ねると、池田さんは間髪入れずに答える。

「そりゃあつらかったし、傷つきましたよ。でも人によって価値観は違うので、プロとしてどんなご意見でも真摯しんしに受け止める覚悟はできています。それにどんなに批判を受けても、また次の新成人が新たなアイデアの種を持ってくるので、楽しくてやめられないんです」

女性の以上も鮮やかだ。中には花魁衣装を希望する人もいる。
写真提供=みやび
女性の衣装も鮮やかだ。中には花魁衣装を希望する人もいる。(みやびのInstagramより)

「味方」からの裏切り

外野から何を言われても、新しいアイデアを形にする楽しさと新成人からの支持がある限り、池田さんはやめる気にはならなかった。しかし一度だけ、心折れかけたことがあるという。それは、信じて一生懸命尽くしたはずの、新成人からの裏切りだった。

みやびに来る新成人は、着物のレンタル料を自分の収入から分割で支払うケースが多い。しかし、若く、収入が不安定な新成人が支払う以上、時には分割払いが止まってしまうこともある。

客商売だからへんな噂は避けたいと、何年かは泣き寝入りしていたものの、そのうち「みやびは払わなくても大丈夫」という噂まで流れ始めた。のちに全国紙でインタビューに答えた未払い成人の一人は、先輩が支払っていないことを知り、最初から支払いを逃れるつもりで、申込書に前住所を書いていたと語った。

「……お客さまから裏切られたときは、本当につらかったですね」

未払い額はどんどん膨らみ、2017年には50人を超え、店の経営を圧迫するまでになる。未払いになった人はこれまでに約200人いたが、申込書に書いてもらった連絡先に確認するとすぐに振り込んでくれる人もいた。しかし音信不通になるケースも少なからずあった。

とうとう2019年3月、みやびはおよそ30人に対し、未払い金返還請求訴訟を小倉簡易裁判所に提起した。総額およそ900万円、訴額は一人あたり6万8000円~139万円程度にのぼる。苦渋の決断だった。

みやびの衣装は派手なだけではない。新成人を輝かせるファーは、繊細すぎてミシンが使えないため、スタッフが手縫いで着物に縫い付けている。
筆者撮影
みやびの衣装は派手なだけではない。新成人を輝かせるファーは、繊細すぎてミシンが使えないため、スタッフが手縫いで着物に縫い付けている。

99%の子たちはちゃんと支払ってくれるのに…

これに新聞やテレビが食いついた。地方の貸衣装店の小さな訴訟であるにもかかわらず、「ド派手成人衣装代未払い事件」は、全国紙や全国ニュース、ワイドショーでも大きく取り上げられ、池田さんはマスコミ対応に追われた。

「今考えれば、報じやすかったのかもしれません。確かに見た目はド派手な衣装を着た北九州のヤンキーです。それと衣装代の踏み倒しって、結びつけやすいから。でも、99%の子たちはちゃんと支払ってくれるんです。ほぼ全員が成人式のために一生懸命働いて、自分で稼いだお金できっちり支払いをしてくれているんです。それを一括りにして悪いイメージを広げるべきじゃない」

信じていた客からの裏切りと、「ヤンキーの未払い」を大きく報じるマスコミ。小さく震え、かすれた声から、池田さんの悔しさがにじみ出ていた。このとき初めて、もうこの店を続けられないかもしれないと感じたという。

当時の思いを、池田さんは涙をこらえながら語ってくれた。
筆者撮影
当時の思いを、池田さんは涙をこらえながら語ってくれた。

しかし、新成人からの裏切りに傷ついた池田さんを支えたのは、やはり新成人だった。

「払わんやったら、訴えられるんやろ?」
「そんなん、払わんのが悪いよね」
「あいつはちゃんと払ったん? 心配っちゃ」

新成人たちは訴訟事件など笑い話にして、変わらずみやびに集まった。自分の成人式に突き進む彼らの前向きなエネルギーが、池田さんの救いとなった。