アジアに1枚もないのなら、自分が買う

さて、フェルメールという買い物について、である。

むろん、フェルメールのことは知っていた。希少な作品だから、海外出張で時間があれば作品を見に行っていた。IRで海外の投資家を訪ねた時はフェルメールのある美術館に足を運んだ。ニューヨークであればメトロポリタン美術館とフリックコレクションに行った。ワシントンではナショナル・ギャラリーへ見に行った。

ロンドンではナショナル・ギャラリー、パリではルーヴル美術館。ロンドンからスコットランドのエディンバラに飛んで、スコットランド国立美術館へも行った。

穐田は自分が好きと感じた美術品は好きだ。しかし、情熱的な収集家ではない。この絵を見せたら、喜ぶ人は誰だろうと考えるところから始まる。フェルメールを買ったのは、日本、アジアには1枚もない作品だから、誰も買わないのであれば、自分が買うという気持ちだった。命よりもフェルメールが大事という収集マニアではなく、ここでもまたユーザー目線のコレクターだ。美術品に対しての愛情は持っている。

しかし、フェルメールの作品に頬ずりしたり、「棺桶に入れてくれ」と親族に頼んだりするような人間ではない。フェルメール作品が好きな日本とアジアのファンのために、責任感で預かっている。

弾丸でロンドンに飛び、「55」のタグを渡されて…

フェルメールが競売されると知ったのはオークション当日の10日ほど前のことだった。

新聞に「フェルメールがロンドンのオークションに出る」と記事が載ったので、その場で「行こう」と決めた。買えるとは思わなかった。あまりに高額であれば会場にいても、ビッド(入札)できない。世界中からコレクターや美術館が参戦してくるだろうから、落とせる自信はなかった。ただ、その場に行って目撃者になりたいというのが彼の気持ちだった。

付き合いのあったクリスティーズの日本支社に連絡し、「参加したいんです」と伝えた。すると、あっさり「いいですよ」と言われた。そこでチケットとホテルを取り、ひとりでロンドンへ出かけていった。1泊3日の弾丸ツアーである。会場に行ったら、ビッドナンバーは「55番」だった。

55と書いてあったタグを渡され、席に案内された。

オークションに参加すること自体は難しくない。クリスティーズが認めたら、誰でも参加できる。そして、オークションでやることも単純そのものだ。壇上にいるオークショニアが「この値段で買いますか?」と問いかけたら、手元のタグを掲げて「イエス」を伝えればいい。

何人かがタグを掲げたら、値段が上がっていく。欲しければずっとタグを掲げておけばいい。そして、最後にひとりだけ手を挙げている人間が落札者だ。オークションが始まった。値段は淡々と上がっていく。ただし、参加者は多くなかった。