オスロ合意は、それまでお互いの存在を認めていなかったイスラエル政府とPLO(パレスチナ解放機構)が、二国共存を目指して交わした協定だ。この合意でPLOはイスラエルを国家として承認して、イスラエルはPLOを自治政府として承認。さらにイスラエルは、ヨルダン川西岸やガザなどの占領地域から撤退することに合意した。

しかし、合意に反して、イスラエルはむしろパレスチナへのユダヤ人の入植を強化させた。オスロ合意でパレスチナの自治が承認されたのは、ヨルダン川西岸とガザの2つの地区だ。ヨルダン川西岸に関しては、イスラエル人の入植地とパレスチナ人の居住地が入り混じらずに分離している。イスラエルは2002年以降、自爆テロを防ぐという名目で巨大な分離壁を入植地の外周につくり、パレスチナ人が自由に往来できないようにした。分離壁はオスロ合意で定めた停戦ラインを越え、パレスチナ側にはみ出している。イスラエルの、明らかな国際法違反である。

一方、ガザはヨルダン川西岸地区と違って住民が分離されておらず、パレスチナ人の中にユダヤ人やその他の外国人が溶け込むようにして暮らしている。パレスチナの暫定自治政府はヨルダン川西岸にあり、ガザに対しては影響力をほとんど持っていない。暫定自治政府の代わりにガザを実効支配しているのが武装組織のハマスであり、入植をやめないイスラエルに対してテロを続けていたという構図だ。

中東和平の第一歩はネタニヤフ首相の失脚だ

イスラエルとパレスチナの問題には、長く複雑な歴史がある。その長い歴史の中でもクリントン大統領を仲介役とし、国連の後押しを受けて成立したオスロ合意は、両者がもっとも歩み寄ることができた瞬間だった。オスロ合意が履行されていれば、今回のような大規模な戦闘は起きていなかった。気になるのは今後の展開だ。考えられるルートは2つある。一つは、第三次世界大戦につながる破滅の道だ。

イスラエルは現在、3つの勢力と直接的に衝突している。パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派だ。このうちヒズボラは、今回のハマスの奇襲攻撃に呼応するようにしてイスラエルにミサイルを打ち込んだ。一方、フーシ派は航行中の日本郵船の貨物船を紅海で拿捕だほするなど、テロ活動を活発化させている。

イスラエルと直接的に衝突しているのはこの3つだが、これらの勢力を陰で支えているのがイランである。

イスラエルが問題の根を断つためイランと事を構えようとすると、衝突勢力が一気に拡大するおそれがある。たとえば、イスラエルがイランにミサイルや戦闘機で攻撃を仕掛けるとなると、ルート上にあるイラクが黙っていない。

スンニ派の盟主サウジアラビアも攻撃ルート上だが、同国はイスラエルと国交正常化交渉をしている。しかし、イランがシーア派だとはいえ、イスラエルに味方してアラブ世界から総スカンを食らうようなマネはしないだろう。現在は中立を表明しているトルコも、イスラム色を強めているエルドアン大統領はイラン支援に回るに違いない。

この混沌とした中東情勢に、ウクライナ戦争で孤立を深めているロシアが加われば、アメリカ・イスラエル対イラン・ロシアを軸とした第三次世界大戦へと発展するおそれがある。

ただ、このルートが地獄に続く道だということはどの国もわかっている。

アメリカには、アフガニスタンで味わった苦い記憶がある。9・11の首謀者と断定したオサマ・ビン・ラディンをかくまうタリバンを殲滅するため、01年にアフガニスタンへ派兵したが、目的を果たせぬまま21年に撤退したのだ。

内政的にイスラエル支援の姿勢を崩すことはないが、アフガニスタンと同じ展開が予想される対ヒズボラ戦に踏みこみたくないのがアメリカの本音だ。

ハマスらを支援するイランは経済的に余裕がない。また、ロシアは国内にユダヤ人を多く抱えている。イスラエルへの入植者は旧ソビエト連邦出身者が一番多いという事情もあって、反イスラエルの姿勢を明確にできないのだ。

現在前線で戦っている勢力以外は、どの国も世界大戦への移行を望んでいない。そろばんを弾けば割に合わないのだ。どんなに非合理でもやむにやまれず起きるのが戦争の一面なので楽観はできないが、世界がこの破滅ルートに進む可能性は低いだろう。

考えうるもう一つのルートが、ネタニヤフ首相の失脚と「ガザ暫定自治政府」の設立である。

選挙ポスター ネタニヤフ
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ネタニヤフ首相はイスラエルの中では右寄りの政治家だ。しかし、イスラエルも右派一色ではなく、過去にはラビン、オルメルトなど、パレスチナ国家の成立を手伝おうとした穏健派の首相がいた。このまま戦闘が長期化して経済に悪影響を与え、イスラエルが国際的に孤立するようになれば、ネタニヤフ下ろしが現実味を帯びてくる。