赤字にならないだけマシ

自分の授業でテキスト使用する(200部は買い取る)ことを条件になんとか自腹を切ることなく出版できた。もちろん印税など出ない。ほかの2冊もKG大から出版助成金(150万円)を得たり、約80万円(年間58万円にくわえ、このときは前年度の繰り越し分があった)の個人研究費を出版助成に回すことで発刊してもらった。

売れっ子教授と違って、私にとって本は「頼まれて書く」ものではなく、「頼んで出してもらう」ものなのである。ほかの6冊は、文庫ないしは新書で、いわゆる一般書だ。どれも友人に編集者を紹介してもらい、出版企画を説明して、社内会議を通してもらってから発刊した。「持ち込み原稿」と呼ばれるもので、最初のアプローチから刊行まで1年近くかかったものもある。

そのうちの1冊である文庫デビュー作は、大学生向けにスタディ&ライティングスキルを説明した本だった。一般向けに発売される文庫本は初めてだから、書店に並んでいるのを見たときには胸が躍った。妻を通じて、大学の生協書籍部関係に売り込み、ポップも立ててもらった。

見知らぬ人ともすぐ仲良くなることができる妻は営業部員として、近隣の大学の生協書籍部をまわり、私の本を持参して平積みしてもらった。その努力の甲斐もあり(?)、4刷2万部近くまで行った。

本棚で読む本を選ぶ女性の手
写真=iStock.com/patpitchaya
※写真はイメージです

1万6000字の原稿を書いたが…

私が書いた一般向けの本でもっとも売れたのは、大学教授になる方法をデータと取材をもとにまとめた新書だ。

Twitter(現在のX)で多くの大学教員に取り上げられたこともあり、担当編集者いわく「(本が売れなくなった出版業界では)クリーンヒット」だったらしい。学会で知り合った教授から連絡があった。

「今度、本を出すんだけど、多井さんの専門分野の項目があるから書いてくれない?」

聞くと、地理関係で有名な出版社から数十名の共著で北米地域の本を出すことになったという。学術的な本ではないものの、事典的に使用することもでき、それなりに業績にもなるし、読者もいそうだ。

自分の専門分野について声をかけてもらえたのも嬉しく、喜んで引き受けた。英語の参考文献などを読みながら、4カ月後、1万6000字の原稿を仕上げた。時間は要したものの、新しい知見も盛り込むことができ、仕上がりにも満足して編者に提出した。

それから数カ月がすぎ、聞いていた出版日が近づいてきた。通常、出版日の数日前には著者宛に数部の見本が届けられる。自宅宛に出版社からの郵便が届いたので、見本だと思い、開封してみたところ、そこにあったのは「抜き刷り」(本のかたちに製本される前段階のもの)の私が執筆を担当したページ部分だけだった。