南アルプスはシカの食害対策が追い付いていない

現在、静岡県、静岡市は高山植物が残されている地域などで、高校生ボランティアらの協力を得て、防鹿柵の設置を行っている。

南アルプス・中岳周辺の防鹿柵
写真=静岡市提供
南アルプス・中岳周辺の防鹿柵

環境省の推計によると、ニホンジカは2019年現在、全国で約260万頭が生息し、毎年約60万頭が捕獲されている。環境省は本年度末までに約152万頭までに減らす計画を立てている。

ただどんなに捕獲をしてもニホンジカが増加傾向にあるのは、反芻胃と呼ばれる4つの胃を持ち、イノシシのような単胃動物が消化できない繊維や細胞壁なども分解してしまう強い胃を持っているからだ。つまり有毒物質を含まない植物であれば、何でも食べてしまうのだ。

イノシシ、サル、クマは人間と同じ単胃動物だから、消化が容易な植物や動物しか食べない。イノシシやサルは畑の作物などを荒らす害獣だが、ニホンジカは樹皮などすべての植物を食いつくす自然環境の“破壊者”である。

静岡県がニホンジカ被害の対策を行っているのは、伊豆と富士山麓地域のみである。両地域には現在約7万頭が生息していると県は推計する。

南アルプス地域や天竜川上流などにも数多くのニホンジカが生息するが、対応はできていない。

伊豆エリアなどのニホンジカはシイタケ、ミカン、ワサビなどの農園を荒らす害獣だが、南アルプスでは高山植物を食べてしまっても県民生活への影響はないからだ。

お花畑を形成する高山植物の被害はわかっても、高度の低い樹林帯などでの植物被害などは全くわからない状況である。

「シカの食害も含めて自然の摂理」と捉える専門家もいる

明治期以前、ニホンオオカミが動物界の食物連鎖の頂点にいたが、人間によって絶滅させられた後、ニホンジカの天敵は人間以外いなくなった。

また2006年まで続いたメスジカの禁猟政策によって、ニホンジカが急増してしまった。

専門家の間では、ニホンジカの増加も自然環境の変化の一部と受け止め、何らの対応も必要ないとする考え方もある。

伊豆地域のニホンジカの群れ
写真=静岡県提供
伊豆地域のニホンジカの群れ

環境省パンフレットには「シカは植物を食べる日本の在来種で、全国に分布を拡大し個体数が増加、シカが増えることは良いことと思うかもしれないが」と断り書きをした上で、「全国で生態系や農林業に及ぼす被害は深刻な状況になっている」と徹底的に駆除することの理由を説明している。

つまり、「シカが増えることは良い」と思う人間もおり、生物多様性も人間の都合によってさまざま変わる。生物多様性の考え方は非常に難しい。

だから静岡県は、南アルプスの重要な生態系のうちの1つであるニホンジカ保全について何らの指針も示すことができない。